第30話 バカ息子
久しぶりに顔を合わせたアーノルドは緊張した面持ちでエレインの前に立ち、何やら周囲を気にするようにしながら、玉座へと腰を下ろした。
第一に――エレインはアーノルドに対し敵意など持ち合わせてはいない。
別に反旗を企てたこともなければ、確かに王国に対する忠誠心は低いかもしれないが――それは冒険者という立場であれば、珍しい話ではないのだ。
エレインが敬語ではない理由は、アーノルドが許しているため。
王宮における礼儀作法があまり得意ではないエレインに対し、仕事を依頼する側である王国側が許可しているのだ。
つまり、今の王宮内での警戒態勢も、アーノルドの必要以上の警戒心も――全く意味のないことである。
エレインは、ただ自身の頼みを聞いてもらいに来ただけなのだから。
けれど、エレインの想像を超える強さを理解しているアーノルドにとっては、彼女がやってくるだけでも警戒に値するのだ。
「それで……一体何用でここに? 何やら頼み事があると聞いておるが……」
「ああ、本題に入る前に――彼女を紹介しておこう」
エレインばかりに目がいっていたアーノルドも、ようやく彼女の陰に隠れていた二人に気付く。
「彼女はルーネ・バーフィリアだ。もう一人は付き人のアネッタ」
「! バーフィリアということは、王族の者か? しかし……」
アーノルドもすぐにルーネの首輪に気付いたのだろう。
そして、エレインはその疑問を口にした時点で――アーノルドがルーネの今の状況に関わっていないことを理解する。
エレイン自身はあまり意識していなかったが、敵意とは言わないまでも、ルーネを追い詰めている人物がアーノルドだとすれば――そんな考えが頭の片隅にあった。
その心配もなくなったために、エレインは普段通りの状態に戻ったため、アーノルドも自然と緊張状態から戻っていく。
「王国が他国との関係をどうしているのかは知らないが、バーフィリアの一件には関わっていないのだな」
「うむ……他国との争いについては、一部フォレンに任せているところもあるが」
「息子か。少しは王の素質というのは備わったか?」
「――残念だが、そうは言い難い。経験を積ませる意味では、信頼のおける者をつけてはいるが」
「つまり、息子の方が条件をつけた、というわけか」
「なるほど、頼み事というのはルーネ王女とその首輪に関わること、と見てよいか?」
まだ本題に入ったわけではなかったが、アーノルドは察してくれたようだ。
エレインは頷いて答える。
「話が早いな。どうやら戦に敗れたバーフィリアとの停戦の条件の一つに、ルーネを奴隷とするというものが含まれていたそうだ」
「……! なんと、あのバカ息子――おほん、失礼」
悪態をついたところで、すぐに平静を取り戻す辺り、さすが国王といったところか。
「そのような停戦条件を許した覚えはない。バーフィリアとの和平交渉は滞りなく終わった、という報告は受けていたが……何ということを」
「息子との話は別にしてもらうとして、私の用件は停戦の条件からルーネを奴隷とすることを外してもらいたかったのだが、どうやら聞くまでもなさそうだ」
「ああ、それは王国の意図するところではない。ルーネ王女、どうやら愚息が迷惑を掛けたようだ。謝罪させてほしい」
「いえ、それは……元々、国同士が同盟関係にあったわけではなく、争っていたのは事実ですから」
王国同士の小競り合いがあったのは事実で、問題はその後の対応――アーノルドは息子のフォレンを擁護する気はないようだ。
「なるべく大きな争いを起こさない方がいいに決まっておる。わしの判断ミスだ。すまなかったな」
「あ、頭をお上げください。私は、エレイン様に助けられましたから」
「では、息子の処遇については国王に任せるとしよう。私はその件については関知するつもりはないが――」
エレインは鋭い視線を向けて、アーノルドに言い放つ。
「もし、息子がルーネに対し何かするようであれば……息子の無事を保証はしないが、構わないか?」
「……!」
エレインの言葉に、アーノルドはほんの少しだけ言葉を詰まらせるが、
「……承知した。フォレンには、そうならないように必ず言って聞かせる」
「期待している。では、な」
エレインは背を向けて去っていく。
ルーネとアネッタがその後に続き、謁見の間を出たところでアネッタがようやく口を開いた。
「……え、これで解決したということですか?」
「言っただろう、意外と頼めば何とかなるものだ」
――絶対そんな簡単な話ではないはずだが、ルーネの抱える問題を、エレインは解決することに成功した。
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