第29話 千の兵士
――翌日、王都の中心部にある宮殿にて。
国王であるアーノルド・アヴェルタは執務室にて書類の処理に追われていた。
「南門の補強……それに、水路の増設か。確かにここは人も増えてきておる」
こうした王都に関わる案件のほとんど一度はアーノルドの目を通すことになっている。
書類にサインをして、アーノルドの許可が下りたものから順次対応していくのだ。
王都の南門は特に老朽化が進んでいるとのことで、早急に対応が必要な案件だろう。
アーノルドの一日の大半は、書類の処理に追われることになる――だが、今日に限っては優先順位の高い案件が舞い込むこととなった。
「陛下! 緊急事態です!」
「何事だ、騒々しい……。まだ書類の半分も処理が終わっておらんのだぞ」
溜め息を吐きながら、アーノルドは部屋に駆け込んできた近衛を見て、訝しむ表情を浮かべる。
「……なんだ、まるで千の兵士が王宮に攻め入ったような顔をして。まさか、バカ息子が何か問題でも――」
「い、いえ……それが、『血濡れ』が陛下に謁見を求めております」
「謁見? それは正式な手順を踏んでから――ん? 今、何と申した?」
「『血濡れ』が、謁見を求めております」
「…………」
しばしの沈黙の後、アーノルドは驚きに満ちた表情を浮かべた。
「な、ななな……何故だ……!? あの者はわしが呼ぶ以外に王宮に来たことがないではないか……!」
「しかし、何やら陛下に願い出たいことがあるとのことで……」
「……! 謁見の間に通せ。すぐに向かう!」
「ハッ」
アーノルドは慌てた様子で、執務室の奥にある飾られた『宝剣』を手に持つ。
――これは保険だ。
本来、王が剣を持つことはない。
ましてや、謁見の間において王が帯剣をすることは、王都に敵兵が攻め入っている状況でもなければあり得ないことだった。
果たして、剣を持ったところで意味があるのかは別だが――何もないよりはマシ、というところか。
謁見の間に向かいながら、アーノルドは思考を巡らせる。
(……何故、エレインがここに……!? どういう用件で、わしに謁見を求めるのだ!?)
王宮内では『血濡れ』の通称――エレイン・オーシアンは、列強国に数えられるアヴェルタの王、アーノルドが危険視する数少ない人物だ。
どうして、ここまで警戒をしているのか――答えは単純。
エレインは王国への忠誠心を持っていない上に、その強さが未だ底知れないからだ。
派手な技を使うわけでもなく、純粋な剣技で戦う彼女は、ただ一人の人間として見れば、それほどすごい存在には見えないかもしれない。
だが、仮に千を超える兵士をエレインに差し向けたとして――勝つのは彼女の方だろう。
以前にエレインが竜種を討伐した姿を、実際に見たことがある。
竜種は確かに恐ろしい存在だが、それを単独で討伐して見せたエレインはなお、恐ろしい。
エレインが竜種と戦う前に、五百を超える兵士が死傷した。
兵士達が弱らせたから勝てたのか――否、そのような理由で倒せるほど、竜種とは弱い存在ではない。
あの日から、ずっとアーノルドはエレインに対し言い知れぬ恐怖感を抱いている。
時折仕事を依頼するのは、彼女がどういう人間かを知るため。
そして何より、彼女との友好関係を築くため――分かったことは、彼女の異常な強さと王国に対する忠誠心の低さだけだ。
自由であるからこそ冒険者をしているのだろうが、それはそのまま王国の脅威になる可能性を常に孕んでいる。
王宮内では、すでに厳戒態勢が取られていた。
千を超える兵士が攻め込んできたのと、同等の扱いだ。
謁見の間に入ると、エレインは真っすぐ立って、アーノルドを見据えていた。
「数カ月ぶりか? どうした、国王ともあろう者が、そんなに身構えて」
エレインはその視線だけで人を殺すと言われている――小さく息を吐き出しながら、アーノルドは謁見の間にある王座に腰掛けた。
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