第28話 停戦の条件

 まだ購入したばかりの新居で家具もろくにないために、初めから置いてあったソファーや椅子を並べて、一部屋に三人。

 無表情のエレインと、物凄く顔を赤くしているルーネと、そんな二人を交互に怪しむ目で見るアネッタだ。


「ル、ルーネ様がいかがわしいこととはどういうことですか!?」

「ち、ちが……誤解ですっ!」

「ではやはり、いかがわしいことをされたのですね!?」

「それも違います!」

「では二人の合意ありで!?」

「そ、それは……」

「……私を見られてもな」


 ――というやり取りが先ほどまで行われていたが、ようやくアネッタが落ち着いたために、冷静に話し合うことができそうだった。

 まだ、色々やらかしてしまった自覚があるのか、ルーネに関しては恥ずかしそうな状態のままだ。


「……それで、エレインさんが奴隷として売られていたルーネ様を買い取られた、と」

「その認識には相違ない。彼女が王族であることは認識している」

「ルーネ・バーフィリア様はバーフィリア王国の第三王女です。立場として、そもそも奴隷なんて扱いを受ける人ではないんです!」

「私も彼女を奴隷としては扱っていないが」

「……信じろと言うんですか?」


 購入した本人に言われたとして、さすがに無理な話だろう。

 だが、奴隷として売られていて、エレインが買った以上――そのやり取り自体に不正はない。

 問題となるのは、ルーネが奴隷となった経緯だろう。

 この点に関しては、彼女の口からも聞いていない。

 ちらりとルーネを見ると、ようやく落ち着いた彼女は静かに頷いた。


「アネッタ、エレイン様は私によくしてくださっています。本来なら、私はもう二度と剣を握れるはずのない身――けれど、私にもう一度、戦う機会をくださいました。……まあ、結果的にはほとんどエレイン様が戦っているのですが……」


 ちょっとした不満も漏れつつも、ルーネの言葉はアネッタには効くようで、まだ不服そうな表情ではあるが、納得はしたようだ。


「……エレインさんがルーネ様に対して不当な扱いをしていない、ということは理解しました。だから、これはわたしからのお願いです。ルーネ様を、返してくださいませんか?」

「返す――それはつまり、バーフィリア王国に、か?」

「はい」


 少なくとも二人は知り合い同士で、アネッタはルーネを取り返しに来たという。

 それがたとえば騎士を連れての行動であれば理解できる。

 だが、今回は侍女がたった一人で、それを隠密という形でやってきたのだ。

 普通のやり方ではなく、エレインだからよかったものの、これが下手に貴族が相手だった場合には――大きな問題になりえることだ。


「私は……戻るつもりはありません」

「……!? ルーネ様、何を言っているんですか!?」


 ルーネの言葉に、アネッタは驚きの表情を浮かべる。


「アネッタこそ、私がどうして奴隷となったか――その理由を知っていますね?」

「それは……」


 問われたアネッタは言葉を詰まらせる。

 いずれはルーネの口から聞こうとは思っていたことだ――今なら、事情を確認することができるかもしれない。


「私は事情を理解できていないが……ルーネ。君が奴隷となった理由はなんだ?」

「……『バーフィリア王国』と『アヴェルタ王国』がつい最近まで戦争状態であったことはご存知ですか?」

「いや、知らんな」

「ええ、戦争ですよ!? 国民がそれを知らないなんてことあるんですか……!?」

「私は冒険者だ。頼まれれば――仕事で戦地に行くこともあるが、戦争自体に興味はない」

「戦争と言っても、アヴェルタは大国で、バーフィリアが正面から戦えばまず勝ち目はないですから。小競り合い程度の争いが頻発していて――私は、戦場に出て負けたのです」


 愁いを帯びた表情で、ルーネは言った。

 なるほど――大方、彼女と出会った時にも予想はしていたが、どうやら彼女は敗戦国の王女、というわけだ。


「停戦の条件で奴隷になった、ということか? 人質として迎え入れる、なら分かるが」

「私は捕虜になりましたから。剣の腕には自信があったのですが……その自信が仇になった、というべきでしょうね」

「ルーネ様は悪くありません! 国のために戦ったのに、どうして王女であるあなたが奴隷なんかに……!」

「アネッタ、なるべくしてなったことです。文句を言っても仕方ないことですし、私自身が受け入れたのですから。だから、私が戻れば――停戦の条件を破ることにも繋がります」


 合点がいった。

 アネッタが密かにやってきた理由も、ルーネが戻ることを拒否している理由も、だ。

 捕虜になって、奴隷になることが停戦の条件――アヴェルタ王国側は随分と『程度の低い』人間が国家間の駆け引きをしているらしい。


「では、ルーネを狙った刺客は彼女を取り戻すために送られてきたということか?」

「……刺客? そんな野蛮な方法をアヴェルタが取るはずがありません! 誰も動こうとしないから、こうしてわたしがやってきたのですからっ」


 アネッタの言う通り、それこそ無理やり取り返すなど――事態を悪化させる以外にはない。

 そうなると、ルーネを狙う刺客の存在にも疑問が生じる。

 どうやら、他にも何か絡んでいるように思えるが――一つ、解決できる問題はあった。


「その停戦の条件とやらだが……私が国王に口を聞こう」

「……は? あなたが国王にって……一体、どういうことですか……?」


 アネッタが怪訝そうな表情を浮かべて問いかけてくる。

 ルーネも、何をするつもりなのか理解できていないといった様子だ。


「いや、ただルーネを停戦の条件から外すよう、願うだけだが」

「簡単に言いますけど、そんなの通るはずないですよ! 国家間の問題なんですよ!?」

「たぶん問題ないだろう。私は国王からの直接の依頼もいくつか解決している――それと、あまり言いたくはないが、奴は私を恐れているのでな」

「恐れているって……ルーネ様、この方は一体何者なんですか……?」

「エレイン様はすごい冒険者です。強さに関しては、私なんか足元にも及ばないほどに……けれど、エレイン様を煩わせるようなことは……」

「何度も言っているはずだ。君を奴隷扱いするつもりはない――明日にでも、国王に謁見するとしようか」

「そんな友達感覚で会える相手なんですか……?」


 ますますアネッタの疑念は深まるばかり。

 ルーネも心配そうな表情を浮かべるが、実際のところ何も問題はない。

『血濡れの剣聖』――エレイン・オーシアンは、この国で最も敵に回してはならない存在だと、国王自身に認知されているからだ。

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