第27話 侍女

(……近くにいるな。どうやら、それなりに腕の立つ相手のようだ)


 エレインは冷静に、状況を分析する。

 気付かれずにここまで接近してきたのだとすれば、間違いなく警戒すべき相手だ。

 エレインの索敵能力は常人を軽く凌駕している――今になって、殺気に近しいものを感じるなど、尋常ではない事態だ。

 ルーネを狙った者達の一件もある――いよいよ、本格的な手合いを寄越した、といったところか。


「……ふぅ」


 エレインは小さく息を吐き出す。

 これほど次々と刺客を送られる状況は、やはり普通ではない。

 ましてや、ここは購入したばかりの家だ――常に見張られている可能性まで考慮しなければない。だが、


(まずは、敵を始末するところからか)


 エレインは鞘から剣を抜き放つ。

 すぐ傍で、不安そうな表情を浮かべるルーネを一瞥して、部屋を飛び出した。

 彼女を安心させるような笑顔を向けることは、エレインにはできない。

 ならば、一刻も早く――敵を討ち取ることが先決だ。

 寝室のすぐ近くに気配を感じたが、どうやら敵は外にいるらしい。

 エレインはそのまま、廊下から二階のバルコニーへと出ると、そのまま跳躍し――屋根の上に立った。

 そこには、何やら怪しげに動く人影が一つ。

 エレインはすぐに、人影へと向かって駆ける。


「……!」


 人影の方も、エレインに気付いたようだ。

 懐から短刀を取り出すと、真っすぐこちらに向かってくる。


(……これは)


 エレインはある事実に気付くと、向けられた短刀を軽く剣で弾く。

 軽々と短刀は宙を舞って、エレインはそのまま向かってきた人物を押し倒した。


「きゃ……っ」


 随分と可愛らしい悲鳴が聞こえ、その正体が少女であることはすぐに理解できた。

 ローブを纏い、フードで顔を隠しているが、エレインが外すと、栗色の髪をした、まだ幼さの残る顔立ちの少女の姿が目に入る。

 こんな状況とはいえ、エレインはすぐに理解する――彼女はおそらく、刺客ではない。


「何をしている、こんなところで」

「わ、わたしは……ルーネ・バーフィリア様に仕える侍女です。わたしは――ルーネ様を、取り返しにきたんです!」

「……何?」


 あまりに予想もしていなかった答えに、エレインは目を丸くした。

 確かに、ローブを剝いだところ、服装は黒と白を基調としたいわゆるメイド服であり、どこか小綺麗な感じも、宮仕えであったことをうかがわせる。

 だが、侍女がたった一人で――異国の地にやってきて、ルーネを救いに来たという。

 奴隷となった王族を救うというには、あまりに粗末な人選だと言わざるを得ない。


(――とはいえ、ルーネの名前を出された以上は、確認するほかないな)


 エレインは立ち上がると、侍女を名乗る少女を軽々と持ち上げる。


「わっ、は、離しなさい!」

「人の家に忍び込もうとしたんだ。勝手に歩き回らせるわけがないだろう」

「それは……確かにそうかもしれませんが……わ、わたしは見たんです!」

「見た? 何をだ?」

「あなたが、ルーネ様にいかがわしいことをしようとしたところですっ!」


 大きな声で、それこそここは丘の上。

 よく響き渡る可愛らしい声だった。

 周囲に人がいれば、間違いなく耳に入るだろう。

 とんでもない勘違い――と言えないところもまた、エレインを悩ませた。

 だが、まずは誤解であると伝えた方がいいだろう。

 そう思ったが、エレインは視線の先に――真っ赤にした顔だけをちょこんと覗かせるルーネの姿を見つけてしまった。


「あ、ルーネ様! ご無事ですか!?」

「アネッタ……その、久しぶりに会えて、嬉しいのですけれど……」


 先ほどの言葉を弁明しようとしているらしい。

 タイミングさえ違わなければ、きっと感動の再会になったはずだというのに、どうしてこうなったのだろう。


「い、いかがわしいことにお誘いしたのは私の方ですっ!」

「え……ええええええええええええええええええええええええええええ!?」


 ――どうしてこうなったのだろう。

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