第26話 どうか優しく

 何とか風呂を終えて、あらゆる誘惑に勝ったエレインは落ち着きを取り戻していた。


(さすがに風呂は別々の方がいいか、私の身が持ちそうにない)


 表情こそポーカーフェイスであるが故に平然としているように見えるが――内心ではかなりの疲労感がある。

 ただ、それは決して嫌な感覚ではない。

 エレインが今まで経験したことがないからこそ、単純に不慣れなのだ。

 こうしてルーネとの暮らしを始めて、何もかもが新鮮と言える。

 寝室へ向かうと、そこにはすでにベッドに腰掛けるルーネの姿があった。

 思わず、エレインは驚いた表情を浮かべてしまう。

 それを見てか、すぐにルーネは立ち上がる。


「ご、ごめんなさい! その、今日は一緒に、寝るって約束をしていたので、その……」

「……いや、そのまま腰掛けてくれて構わない」


 ルーネからの提案を受け入れ、一緒に寝たいと言ったのは自分であることを思い出した。――完全に油断していただけだ。

 頼んでおいたマットはすでに届いていたが、どうやらルーネが準備してくれていたらしい。

 すなわち、これで一緒に寝る準備が整ったわけだ。

 寝間着姿のルーネは、何故だか緊張の面持ちで、頬を赤く染めながら手を足の間に入れて、もじもじとしている。

 一緒に寝るだけで、特別なことをするわけではないのだが――エレインとて、ここまでルーネに可愛い反応をされてしまっては、いよいよ手を出さないとも限らない。


「……ふぅ」


 小さく息を吐き出すと、エレインはベッドに腰掛けて――そのまま横になった。

 そうして、自身の横の空いたスペースを軽く叩くと、


「君も横になるといい」

「は、はい、ありがとうございます」


 ルーネは指示に従い、エレインの横へとやってきた。

 寄り添うような形で、ルーネはぴったりエレインに身体をくっつけている。


「……」


 静寂。やけに積極的で、エレインは思わず考え込んでしまう。

 確かに一緒に寝る約束はした。

 だが、風呂の時からちょっとした違和感はある――ルーネは、こんなに大胆だっただろうか。

 初めは、『えっちなことをする』というだけで物凄く緊張していた子だ。

 彼女の勘違いではあったが、どうにも今の状況は変だ。


「エレイン様」


 すぐ傍でルーネの声がして、彼女の方に視線を送る。

 ルーネは、少しだけ不安そうな表情をしていた。


「私は……奴隷でありながら、あなたのお役には立てていません」

「奴隷のように扱うつもりはない」

「つい先日も同じことを仰っていましたね。けれど、私はあなたに報いたいのです」

「報いたい……?」

「正直、奴隷になった時点で私の人生は終わったと思っていました。けれど、あなたは私に再び剣を持つ機会を与えてくれて、その上――私のことを守ってくださっています」

「君を買った身である以上、責任は持つつもりだ」

「きっと、普通の人は狙われているような奴隷であれば、すぐに手放しますよ。私自身、どうして今になって狙われているのか、分かりかねますが……。だからこそ、お傍に置いていただけるというのであれば、私はあなたの役に立ちたいんです」


 そう言うと、ルーネはわずかに身を起こして、エレインの耳元で問いかけた。


「エレイン様になら、私は何をされても構いません」

「――」


 これは、明確にルーネから誘っている。

 いや、正確に言えば、役に立てないという感情があるから、何か役に立てることをしたい――それが、自分の身でしか対価を払うことができないという考えに至っている、というべきか。

 そんなことをする必要ない、拒絶するのは簡単だ。

 けれど、今の彼女は――自身の役割を求めている。

 あるいは剣術においてエレインを守ることができるのであれば、ルーネはきっとそれで満足したのだろう。

 だが、現実的にはルーネよりもエレインの方が強いのだ。

 あるいは王族という立場であったからこそ、報いるということを望むのか。

 エレインは選択を迫られている――ルーネ望みを叶えるかどうかだ。

 それを叶えるということは、すなわちエレインの欲望に従うこともまた、同義である。

 そうなると――結局、エレインはルーネに手を出すために買ってしまったことになるのではないだろうか。

 考えなくていいのかもしれないが、エレインの頭の中にはどうしても過ぎってしまう。

 彼女のことを、それだけ大切にしたいと思っているからだ。

 しかし、大切にするのならば――今、ルーネの望む通りにすべきなのかもしれない。

 彼女はきっと、エレインと『そういう関係』になることを、望んでいる。

 それが、ルーネにできる唯一のことだからだ。


「……」

「……」


 互いに見つめ合い、静かな時間が流れる。

 始めに動いたのはエレインで、そっとルーネの肩に手が触れ――勢いよく押し倒した。


「……! エ、エレイン様……! さ、最初は、どうか優しく――」

「静かに。誰か分からないが、何者か潜んでいる」

「……へ?」


 混乱した表情のルーネをよそに、エレインはすでに冷静だった。

 すぐに起き上がり、ベッドの近くに立てかけてあった剣を手に取り、周囲の様子を探り始めた。

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