第22話 狙われているのは

「ほ、本当に、ずみまぜん……でじだ! い、いのぢだけは……!」


 涙だけなく、鼻水まで垂らす勢いで謝罪の言葉を口にするのは、少女だった。

 エレインも相手の敵意くらいは分かる――すでに戦意はないし、あるいは初めからなかったのかもしれない。

 首元に当てた剣はそのままに、エレインは問いかける。


「誰の差し金だ? 何故、ルーネを狙っている?」

「ボ、ボクは、脅されただけで、何も知らないんでずぅ……。ただ、あ、あなたを狙うように、とは言われました……っ」

「もう一人は?」

「け、怪我はさせないように、と……」

「……」


 エレインは呆れたように小さく溜め息を吐いた。

 このまま問いただしたとしても、他に得られることはなさそうだが――少なくとも、敵の狙いはルーネであることは確実なようだ。


「魔物を操っていたのは、お前だけだな?」

「! は、はい……っ、ごめんなさいっ」

「この霧を作り出した奴はすでに始末したが――」

「ボ、ボクはその人に脅されただけですっ。他には知りませんっ」


 問いかける前に少女は言う。

 これだけペラペラ喋るということは、もう隠していることもなさそうだ。


「――なら、もう好きなところに行け。ただし、次に魔物を人にけしかけているところを見たら、分かっているな?」

「ひっ、も、もうしませんっ! 絶対にしませんからっ」


 少女はエレインに背を向けると、慌てて去っていった――わずかでも敵意があれば、見逃すようなことはしなかったが、怯えていたのは本当だろう。

 エレインとしては、子供に手をかけるのは後味が悪く、脅しただけでも十分に効果はあると考えられた。

 ――魔物を操る術は、とある一族が扱うことができる、と聞いたことがある。

 少女もおそらくその一族の生まれなのだろうが、情報が得られないのであれば、これ以上は詮索するつもりもない。

 剣を鞘に納めて振り返ると、そこにはルーネが立っていた。


「あの……わたしが、狙われているというのは……?」

「それは私の聞きたいところではあるが、君には心当たりはないんだな?」

「……わたしはもう、奴隷の身です。誰かに狙われる、なんてことはないと思います」


 ルーネの認識は、おそらく正しい。

 いまさら、彼女を狙う理由は何か――考えられるとすれば、売られていたルーネを欲した何者かが、エレインを殺すことで奪い取ろうとしている、というところか。

 だが、それだけの理由でエレインを狙うには、リスクが高すぎるとも言えた。

 実際、彼女を狙った者はこうして簡単に倒されて行っている。

 あるいは、ルーネが奴隷となってしまった経緯が関係するのかもしれないが、彼女が分からないと言っている以上は、得られることは少ないかもしれない。

 それに、ルーネの反応を見るにやはり話したいことではないのだろう。


「……私もすっかり汚れてしまった。家に戻って身体を洗うとしよう」

「あ……でも、大丈夫、でしょうか?」

「?」


 ルーネの『大丈夫』という問いかけの意味がよく理解できず、エレインは首を傾げる。


「わたしが、狙われているのだとしたら――エレイン様の傍にいて、大丈夫なのでしょうか?」

「心配ない。私が傍にいる限り君は安全だ」

「そうではなく、エレイン様の身が危険なのでは、ということです」


 エレインは少し驚いた表情をして、彼女を見る。狙われたのが自分――そう聞かされても、彼女はエレインのことを心配しているらしい。


「それなら、なおのこと心配しなくていいことだ。帰ろう」


 エレインがそう言うと、ルーネは小さく頷いた。

 ――もし次に刺客が来たのならば、今度は確実に情報を手に入れる。

 そう、エレインは心に決めた。

 ルーネを狙っているのならば、その相手は絶対に突き止めなければならないからだ。

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