第20話 本当の姿

 視界の定まらない濃い霧の中、エレインはルーネを抱えながら走り抜ける。

 やってくる魔物は即座に斬り伏せ、隙を突かれてもすぐに反応して跳躍し、回避行動を取る。


「エ、エレイン様……!」


 ルーネが心配そうな声を上げた。

 この状況では、不安になるのも無理はないだろう。


「心配するな」

「ですが、このままでは……! やはり、わたしを降ろして――」

「それはしない」

「わ、わたしだって戦えます!」


 はっきりとした口調で、ルーネは言い放った。

 思わず、エレインは足を止める。


「わたしのために、エレイン様に負担をかけるのは、嫌なんです」

「私は負担だと思っていない」

「こんな濃い霧の中、魔物に襲われている状況で、私を抱えたまま動き続けるなんて、負担にならないはずがないじゃないですか……! こんな時まで、わたしに優しくする必要はありませんっ」


 今度は強い口調だった。

 ――ルーネはエレインの負担になりなくないのだと、そう考えている。

 確かに、彼女の言うことも一理ある。

 エレインはルーネを抱えているために、普段の実力は発揮できていない。

 彼女を怪我させまいと気遣っている故に、無理な動きはしていないのだ。

 結果、何度か敵を逃がしているし、今もなお霧を抜けるために走り続けることになっている。


(……何が『血濡れの剣聖』だ。彼女をこんな気持ちを抱かせてしまっていたなんて)


 エレインはルーネに心配や不安な気持ちを持ってほしくはなかった。

 自分の傍にいれば絶対に安心だ――そう思っていても、今の状況ではルーネには伝わらない。


「……ルーネ、君を不安にさせてしまったこと、本当に申し訳ないと思う」


 そう言って、エレインはルーネを降ろす。


「謝らないでください。わたしだって、一緒に戦いたいんです。そう、思わせてくれたのはエレイン様ですから」

「……分かった。だが、無理はするな。すぐに敵を始末してくるから、ここからできる限り動かないでくれ」

「分かりました。お待ちしております」


 決意に満ちた表情で、ルーネは頷いた。

 どこから魔物がやってくるかも分からない現状――怖くないはずがない。

 本当なら、傍にいてやりたいが、エレインはルーネの意思を尊重した。

 その上で、エレインは心の中で考えていたのは、


(この霧には、


 ――感謝だった。

 エレインはルーネの元を離れ、彼女の姿が見えなくなると同時に構える。

 霧の中から、エレインに襲いかかった魔物は――鮮血をまき散らしながら両断された。

 雨のように降り注ぐ血の中で、エレインは真っすぐ、ある場所を見据える。


「……私を本気にさせたな」


 エレインは一気に加速して、次々と魔物達を蹂躙していく。

 血に濡れたその姿こそ、まさにエレインの本当の姿だ。

 この姿を見れば、きっとルーネは恐怖心を抱くに違いない――だから、霧があってよかった。

 腕を、腹を、足を、首を――あらゆる魔物の部位は宙を舞い、エレインが魔物の眼球を剣で貫いたところで、辿り着く。


「いるな、近くに」


 そこは、森にある湖だ。

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