第18話 竜種

『ヴェズカルダの森』は冬季を迎えると、特に奥地では雪が降るようになる。

 いくつかの山が並んでいるため、頂上付近は特に春先まで雪となるのだ。

 森の入り口付近ならば、まだ初心者でも問題はない。

 薬草の採取や、この辺りに棲む魔物の素材を手に入れるために、やってくる冒険者も少なくはない。

 ただ、奥地に足を踏み入れれば――そこはまだ、人の手がつかない魔境とも言える場所だ。

 故に、森の奥地に進むことが許されているのは、Bランク以上の冒険者が五名以上、Aランクであれば三名以上、そして――Sランクのみ、単独で足を踏み入れることが許可されている。


「今回は森の入り口付近に、本来は奥地に生息する魔物の姿が見られたから、その討伐と調査が主な依頼だ」

「奥地の魔物が森の入り口に来ることは珍しいのですか?」

「森の方の豊富な資源は当然、入口よりも奥地にある。それなのに、わざわざ入口までやってくる理由はなんだと思う?」

「えっと……その資源自体が少なくなっている、とか?」

「それも一つの可能性だ。だが、私の見立ては少し違う。一度に何体も、強力な魔物がこちらに迫りすぎている――餌が減ってこちらに来ているのなら、もう少し前兆があったはずだ」

「来るしかない理由があった、ということでしょうか……?」

「私はそう見ている。魔物同士でも縄張りは当然持っているだろうが、森の奥地に棲む魔物が一目散に逃げるとなると……考えられるのは『竜種』か」

「……! りゅ、竜種ですか……」


 竜種――魔物と分類される中では、間違いなく地上において最強の存在だ。

 同じく竜種に分類されるワイバーンは一般的に竜種の中では下位とされるが、それでもBランク以上の冒険者が複数いなければ討伐できない、という扱いになっている。

 その上で、ワイバーンは群れで行動するために――結果的に下位の竜種であっても人類にとっては脅威となるのだ。

 だが、そんなワイバーンを餌としてしまうほどに凶悪なモノ達が存在する。


「『地砕竜じさいりゅう』、『棘顎竜きょくがくりゅう』、『白氷竜はくりょうりゅう』――竜種というだけでも様々だが、この国で過去に確認されたことがあるのは一種のみ。『爆針竜ばくしんりゅう』だ」

「爆針竜、ですか」

「細い針――まあ、竜からすれば細い、というべきか。人から見れば十分に太いそれが、一つ一つが爆弾のようになっている竜だな。刺さればまず、人間では助からない」

「そ、そんな凶悪な魔物が……エレイン様は、戦ったことがあるんですか?」

「ああ、私が殺したからな」

「え? エレイン様が……?」

「身体はでかいが動きが遅いからな。私なら一人でも十分やれる」

「一人で……!?」


 エレインの言葉に、ルーネは驚きの表情を見せた。

 竜種を倒せる実力者であれば、Sランクになれるのも当然だ。

 だが、ルーネはまだエレインが強いことは分かっていても、それがどれほどのものなのか理解はしていない。

 ――エレインは正真正銘の『化物』と呼ばれる強さを持っているのだ。

 故に、多くの者は彼女を恐れる。

 この国の王ですら、エレインとは敵対関係になりたくないと思っているのだから。


「簡単に言えば、竜種が相手だったとしても、私なら問題ないという話だ。君を驚かせたり、怖がらせるつもりはなかったのだが……」

「こ、怖がってはいません。驚きはしましたが……エレイン様は本当にお強いのですね」

「望んで強くなったわけではないが、結果的にそうなっただけだ。だが、今は強くなれてよかったと思っている――」


 君と出会えたから。

 そう口にしようとしたところで、エレインはルーネの手を引いた。

 突然の出来事で、ルーネはバランスを崩すがすぐに身体を支え、エレインは交代する。

 まだ森に入るか入らないかくらいのちょうど境目――抱えられたルーネはただ目を丸くしていた。


「エ、エレイン様……!?」

「最近、どうも客が多いな」

「――クハハッ、気付かれてたか。ま、隙をつくのが一番楽だったんだが……仕方ねぇ」


 聞こえてきたのは男の声。次の瞬間、周囲が霧に包まれ始めた。

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