第12話 第一王子

「どういうことだ……!」

「ひぃ……!」


 ――奴隷商の館にて。

 一人の青年が声を荒げ、剣を抜き放ち、奴隷商に迫っていた。


「フォレン様、彼に手を出すのはよろしくないかと」

「……ちっ」


 青年――フォレンを止めたのは、後ろに控えていた男だ。

 騎士団の正装に身を包んだ男の名は、グレス・フィルエット。この国の第一王子――フォレン・アヴェルタの護衛である。


「ルーネは誰も買えないような高額で出しておけ……そう言ったはずだ」

「え、ええ。確かにご指示の通り……それこそ他の奴隷とは比にならないような額で……」

「では何故、彼女はここにいない? 売れたなどと、そんなことがあるか!?」

「で、ですが、事実でございます」


 奴隷商は頼まれたことをしただけだ。

 フォレンの依頼で、ルーネ・バーフィリアを高額の奴隷として売り出せ、と。

「買える奴がいるのなら買わせたっていい。誰も手が出せないだろうがな」とまで言い残して言ったのだ。

 自らの『格』とルーネの価値を引き上げるためにやった行為が、結果として彼女を買われる羽目になったのだから、皮肉な話である。


「価値を上げて俺の奴隷にするつもりだったんだ……あいつは、俺が勝ち取った『戦利品』だぞ!」

「も、申し訳ございません……!」

「買い取ったのは誰だ? すぐにそいつのところへ――」

「すでに刺客は送っております」

「! 手早いな、グレス。まさか、買われることが分かっていたのか?」

「念のため、ルーネには監視をつけておりましたので」


 フォレンは感心するように頷く。

 このグレスという男は――フォレンが最も信頼する騎士だ。

 こうして不測の事態に備えて、何重にも用意がしてある。任せておけば、ルーネなど簡単に戻ってくるだろう――そう考えていた。


「グレス様」


 気配もなく、不意にグレスの背後にローブに身を纏った人陰が姿を現した。

 奴隷商は驚きの表情を見せるが、意に介することなくグレスは話を続ける。


「ちょうど戻ったようです。ルーネは取り返せたか?」

「それが……」

「失敗したのか、お前達ともあろう者が」


 グレスが驚きに目を見開く。

 フォレンは、眉を顰めて二人の会話を聞いていた。


「相手はエレイン・オーシアンでした。仲間の一人が残りましたが、連絡がないところを見るに……やられたかと」

「! エレインだと……!? あの『血濡れの剣聖』がルーネを買ったのか!?」


 声を荒げたのはフォレンだ。

『血濡れの剣聖』――この国でその名を知らぬ者は、おそらくほとんどいないだろう。

 誰もが畏怖し、恐れる存在であるが――フォレンの父、つまりこの国の『王』は彼女のことを評価し、重宝している。

 理由は単純、エレインが強く、王国に従順だからだ。

 冒険者ギルドを介した依頼を王国側からエレインに行うことも少なくはないが、彼女は仕事を断ることはない。

 そして、全ての依頼を完璧にこなしてくる――これほど、優秀な存在は中々にいない。

 だが、フォレンはエレインを信用していなかった。

 その気になれば王宮に乗り込んで王族を皆殺しにできるような存在は、はっきり言ってしまえば危険因子でしかない。


「ちっ、何故あいつがわざわざルーネを……だが、合点はいく。あいつなら、確かにルーネがどんな高値だろうと買うくらいの金はあるからな」

「た、確かにいくらでも払う、と仰っていましたね」


 奴隷商が補足するように言う。

 元々は、この奴隷商がエレインに売ったのが原因――そう考え、フォレンはすぐにでも奴隷商を斬ってやりたいところだったが、彼は『優秀な奴隷商』だ。

 下手に殺せば、奴隷商会に所属する多くの者達が、王国から撤退することもあり得る――グレスが止めたのも、そういう理由があった。

 王子であるフォレンであっても、迂闊には手が出せない。

 それは、エレインもまた同様の相手だった。


「くそっ、あの女を取り戻せないのか……! せっかく、俺が手に入れるはずのモノなのに……」

「ご心配には及びません」


 言い放ったのはグレスだ。

 特に慌てる様子もない彼を見ていると、フォレンも落ち着いてくる。


「何か作戦があるのか? あいつから取り戻す方法が」

「一人や二人、やられた程度なら問題ありません。私の知り合いにも、腕の立つ者はおりますので」

「お、おお、そうか……!」


 フォレンはすぐに、グレスの言うことを察した。

 ――エレインを始末し、ルーネを奪い返す。実にシンプルで分かりやすい方法だ。

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