第11話 家を買おう

 仕事を終えたエレインは、 冒険者ギルドへ報告に向かわず――そのまま帰路についていた。

 ルーネの服を引き取って、宿に戻った彼女が口にしたのは、


「やっぱり家、買うか」

「……!?」


 あまりに唐突で、ルーネが驚きに目を見開いていた。


「い、家を買う……ですか? そんなにいきなり、決められるものなのですか?」

「金はあるから問題ない。独り身の時は別に気にならなかったが、こうして二人になると……荷物を置く場所は必要だ」


 ルーネの服を買いすぎただけなのだが――つまり、今後は色々と必要なものが増える、というわけだ。

 それなら、置ける場所があった方がいい。

 エレインは冒険者ギルドに荷物を預けて動くことも多いが、今後はそれだけでは賄えないかもしれない。


「君はどういう家に住みたい?」

「わ、私ですか……? 私は――その、エレイン様の選んだところで」

「意見を聞いているんだ。私は、別に住める場所ならどこだっていい」


 エレインは家で生活するという概念が、あまりない。仕事先で野宿することは当たり前だし、寝ようと思えば適当な木の上でも寝れる。

 つまり、いざ家を買うと決めても――どういう家が『いい家』なのか判断できないのだ。


「私も、住めればどこでも……?」

「では、魔物が大量にいる場所でもいいか。安いし食料調達も楽だからな」

「それはちょっと……」

「ほら、意見があるじゃないか。嫌なところに住まわせるつもりはないんだ」

「ふ、普通の家であれば大丈夫です!」

「普通……普通の家か。王族の言う普通って言うのは、つまり王宮的なもの、という認識で合っているか?」

「い、一般的な家のことを言っています。私だって、別に大きな家に住んでいたわけでは……ないですので」


 奴隷になる前のことを思い出すように言って、ルーネは視線を逸らした。

 彼女を困らせるつもりはなかったのだが、これ以上は言及しない方がいいだろう。


「分かった。明日、適当に探してみることにしよう」


 そう言って、エレインはルーネを部屋に残して出ていく。

 すでに外は暗くなっているが、いつものエレインならこの後でも仕事に向かうことが多い。

 だが、今はルーネがいる――優先すべきは、彼女のことだ。


「――誰だか知らないが、私に用か?」


 宿の近くの暗がりに声をかける。

 気配を消しているつもりのようだが、エレインには丸わかりだった。

 静寂の後、人陰が一つ姿を現す。


「……気付かれているとは」

「あと二人ほどいたはずだが、囮になったか」

「人数まで把握しているか。さすがは『血濡れの剣聖』――だが、表で知られた人間だろうと、我々には関係ない」


 ローブに身を包んで仮面で顔を隠しているが、声は男だ。ゆらりと、身体を揺らすような動きを見せたかと思えば、銀色に光る刃を裾から見せる。


「私とやる気か? 別に、素直に目的を話せば見逃してやるが」

「……俺のことを囮だと言ったな? 俺はお前を――始末するために残っただけだッ」


 男は姿勢を低くして、駆け出す。

 ザッ、ザッと足音が聞こえたのは最初の二歩まで。

 エレインの前から姿を消し、瞬時に背後へと回った。


「――もう一度だけ言う。目的を素直に話せば見逃してやる」

「……っ!?」


 男は確実に、エレインを捉えていたはずだった。

 だが、刃を振りかざした時には彼女の姿はなく、声が聞こえてきたのは背後だった

 すぐに振り返りざまに刃を振るうが、そこにエレインの姿はなく、


「……あ、ぎ――んぐっ!?」


 宙を舞うのは男の腕。

 斬られたことすら気付かずに、痛みで声を上げようとしたところ――思い切り顔面から地面に叩きつけられた。

 いつの間にか剣を抜いたエレインが、男の頭をブーツで踏みつける。


「私は二度、警告した。ここからはもう警告はない。五秒以内に答えろ、何が目的だ?」


 圧倒的な実力の差を見せつけられ――大概の者は恐怖で口を割るだろう。

 これが、誰もが畏怖するエレインという女なのだ、と。

 だが、男が次に取った行動は――彼女への攻撃だった。

 まだ動かせる腕を使い、取り出せるナイフを彼女に向かって投げようとしたところで、男の首は地面を転がっていく。


「……?」


 行動に移そうとしていた時には、すでに殺されていたのだ。

 その事実に気付いた時には、男はもうこの世にはいない。


「狙われるのはあまりない経験だが……狙いは私か? それとも――」


 男の死体には目もくれず、エレインはルーネのいる部屋を見据えた。

 彼女は王族で、確かに誰も手が出せないような金額で買った――狙われる理由としては、何かあったとしてもおかしくはない。だが、


「こういうことがあるから、やっぱり家はもっと安全に重視した方がいいか」


 ――エレインが家を購入する基準が少し決まっただけであった。

 

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