第10話 ルーネの実力

 エレインはすぐにルーネから離れ、改めて魔物を視認する。それなりの大きさの身体を持つ、黒毛の狼の姿がそこにはあった。


「『シャドー・ウルフ』か。こいつなら確かに王都でも隠れて生活できるか」

「そ、そうなんですか……?」

「気配を消すことに長けているし、特に夜になるとまるで影に溶け込むように姿を隠す――もう少し暗くなっていたら、並みの冒険者では姿を視認することはできないだろうな」


 ましてや、王都で普通に生活している人々には、『シャドー・ウルフ』が比較的大きな魔物であったとしても、姿を確認できなかっただろう。

 だが、正体さえ分かってしまえば――エレインの敵ではない。


「さて、私がこいつを斬るのは簡単だが……ここからは君の役割だ」

「! は、はい。任せてください」


 ルーネは頷いて、腰に下げた剣を抜き放った。

 やはり、剣術は得意というだけあって、戦闘に入るまでの流れが実に自然だ。

 すでに敵を見据えて集中している――思わず、エレインは感心してしまう。


(なかなかの手練れだな。確かに、元王族ならば剣術にも優れているだろうが……)


『シャドー・ウルフ』も戦闘態勢に入る。身を低くし、剣を構えたルーネとの距離をはかるような動きをしていた。

 ルーネはゆっくりとした動きで、足を前に出す。

 わずかに距離を詰めると――先に動いたのは『シャドー・ウルフ』だった。


「!」

『グラァッ!』


 低い声で唸りながら、鋭い爪でルーネに襲い掛かる。

 だが、ルーネはそれをかわすと、すぐに反撃に出た。

 腹部に一撃。ステップを踏んで、ルーネは『シャドー・ウルフ』の背中を取り、さらに追撃を加える。

 わずか二撃だが、『シャドー・ウルフ』の出血はそれなりに激しい。

 どうやら、上手く隙を突いたようだ。


(剣を握るのはそれなりに久しいか。若干緊張しているようにも見えるが、いい動きだ)


 エレインの見立ては間違っていなかった。

 ルーネは『シャドー・ウルフ』との戦いに緊張している。

 久しぶり、というのもあるが、エレインに見られている――いわゆる自身の価値を示す場であることも一因があるだろう。

 その状況で、ルーネは十分な動きを見せてくれた。

 

『グル……』


『シャドー・ウルフ』の判断は早かった――ルーネの動きを見て、実力者であると判断したのだろう。

 すぐにその場から逃げ出して、再び反撃の隙を見つけようとしていた。


「! 逃がしませんっ」


 ルーネがすぐに『シャドー・ウルフ』を追いかけようと駆け出す――が、


「いや、もう十分だ」

『ガ――』

「! エ、エレイン様……!?」


 ルーネが驚きの声を上げた。

 逃げ出そうとした『シャドー・ウルフ』が路地裏に逃げ切る前に、エレインが簡単にその首を刎ね飛ばしたのだ。

 どさりと首から下は勢いのままに地面を滑り、エレインはその死体を確認することなく、ルーネの元へと向かう。


「君の実力は分かった。私と一緒に行動できるくらいはあるだろう」

「……あ、ありがとうございます」


 ルーネは複雑な表情を浮かべていた。

 エレインに認められて喜ぶかと思ったが、ちらりと視線を送るのは――エレインが斬り伏せた『シャドー・ウルフ』だ。


「あいつがどうかしたか?」

「いえ、その……私に全て任せてもらえるのかと思って」


 その言葉だけで、ルーネの不服そうな表情の意味が分かる。

 ――エレインが横槍を入れたような形になったのだ。

 エレインとしては、ルーネの実力が分かった時点で、戦いを切り上げても問題ないと判断したのだが、さすがに終わらせるのが早かったかもしれない。


「……逃げられると面倒だったから、私の方で始末してしまった。すまないな」

「い、いえ。確かにあのままだと路地裏の方には逃げられていたと思いますし……ごめんなさい。偉そうなことを言ってしまって」

「構わない。むしろ、言いたいことはどんどん言ってくれ。言わないと、分からないことも多いのでな」


 ――こうして、エレインとルーネにとっての初仕事は終わったのだった。

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