第7話 多少は顔が利く

 宿の近くに、エレインがよく利用する服屋があった。

 そこの店主とは顔見知りであるために、話を通すのが早い。

 ルーネに合いそうな服をいくつか見繕ってもらい、エレインはルーネに試着させていた。


「どれも似合うな」

「あ、ありがとうございます」


 今は、冒険者らしく動きやすい服を着てもらっているが、部屋着なども全てここで買っていくつもりだ。


「……よし、全部買おう」

「え、全部ですか……!?」


 数着どころの騒ぎではない――エレインの言葉に、ルーネは驚きの声を上げた。


「さすがにこの数は……」

「問題ない。仕事が終わった後に全て取りに行く」

「いえ、そうではなく、申し訳ないというか……」

「私がそうしたいんだ、問題ないだろう」


 そう言われ、ルーネは押し黙った。

 エレインがしたい――そう言われては、ルーネには反論の余地がないのだ。

 エレインとしては素直に受け取ってもらいたかったが、中々すぐには頷いてくれそうになかったために、少しズルをした。

 今のルーネが、エレインの言葉には逆らわないと分かっているからだ。


「会計を頼む。今着ている物以外は後で取りに来るから」

「は、はい!」


 店員はいそいそと準備を始めた。

 エレインはできるだけ顔見知りのいる店を利用するが――今日は近くになかった。

 やはり、エレインを前にして店員は緊張しているようだ。

 焦らせるつもりはないし、無言のままで待っているのだが、それが余計に圧力になってしまっている。

 しばらくして会計を終え、エレインとルーネは店を出た。


「さて、服も手に入れたことだし……」

「お仕事ですか?」

「いや、次は君の武器を買う」

「え、武器を……?」

「私は一本しか剣を持っていないからな。君の分が必要だろう」

「そ、そう、ですね……」


 ルーネは少し節目がちに頷いた。

 服だけでなく武器も買ってもらうことに負い目を感じているのか――そういう雰囲気ではないように見えるが、エレインは追及するようなことはしない。

 お互いにまだ知り合ったばかりなのだから、彼女のことは今後、時間をかけて知っていけばいい。


「剣術に自信があると言っていたな。得物は……直剣か?」

「は、はい。多少は重くても大丈夫です」

「そうか。なら、行こう」


 エレインはルーネを連れて、今度は武具店へと向かう。

 ルーネは常に、エレインの隣ではなく少し後ろを歩くようにしていた。

 気にせず歩くと、すぐにルーネを置いていきそうだ――エレインは歩く速度を落とし、彼女とはぐれないようにする。

 次もまた、エレインがあまり利用しない場所で、


「いらっしゃ――い!?」


 エレインの姿を見て、店主と思しき男は目を見開いていた。

 だが、そこは商売人――すぐに表情を戻すと、エレインの元へと駆け寄る。


「な、何か御入用で……?」

「ああ、この子の剣がほしい」

「剣でございますね! こちらに……!」


 店主の対応は素早く、エレインはすぐに案内される。

 そんなエレインのことを、ルーネは少し困惑した表情で見つめていた。


「……? どうした?」

「い、いえ……その、エレイン様は色々な方に知られているだと思って」


 ルーネはエレインのことをまだ知らない――エレインがどれほどの実力者であるかを。

 そして、この国では多くの者に恐れられているという事実も、だ。

 仮にエレインの話を耳にしたら、彼女はどう思うだろうか。

 まだ知らないからこそ、ルーネは怯える様子もなく接してくれている――だが、『血濡れの剣聖』などという呼び名と、その所以を知られれば、どうなるだろう。


(……隠すつもりはないが)


 ルーネを怖がらせたくはない。

 そんな気持ちがあって、エレインはなるべく自分の話をするつもりはなかった。

 もちろん、一緒にいればいずれ聞かれることもあるだろう――だから、できるだけ彼女には受け入れてもらえるように、努力するのだ。


「……まあ、多少は顔が利くな」


 そう誤魔化すように、エレインは答えるのだった。

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