第4話 命令という言葉
エレインがルーネを買った理由は、いわゆる『一目惚れ』であった。
一目見て、彼女がほしいと直感したに過ぎない。
実際、買ってからどうするか、なんてことはほとんど考えていなかった。
だからこそ、今の状況に困惑してしまっている。
(まさか、ベッドに座らせるだけで誘っていることになるとは……)
一般常識だったのか、それは分からない。
何せ、エレインは奴隷に関して詳しいわけではないからだ。
しかし、彼女を見る限り嘘を言っているようには見えず、押し倒してしまったような形のまま――静かな時間が続いていた。
「……っ」
先に視線を逸らしたのは、ルーネだ。面白いように視線が泳いだあと、強く目を瞑る。
その身体が震えていることにエレインは気付いた。
(……何をやっているんだ、私は)
ようやく、エレインは冷静さを取り戻す。
下手をすれば、勢いのままに彼女に手を出してしまっていた。
もちろん、エレインがルーネに手を出すこと自体は、何も問題がない。
今、彼女はエレインの所有物なのだから。
だが、そんなことをするためだけに彼女を買ったわけではないことは、確かだった。
エレインはルーネに手出しするようなことはせず、元の体勢に戻る。
「……?」
「その、勘違いさせてすまない。ただ、君に休んでほしいと思っただけだ」
「……えっ、あ――」
エレインの言葉を聞いて、すぐにルーネが身体を起こす。
「も、申し訳ありません! わ、私……!」
「気にしなくていい。私といる時は、奴隷のルールだか分からないが……そういうのは無視してもらっても構わない」
「し、しかし……」
ルーネは困惑した様子だった。
王族だった頃のように振舞う、というのは難しいのかもしれないが、エレインが見たいと思うのは普段の彼女だ。
主人と奴隷、の関係でいたいわけではない。
あまり言いたくはないが、ルーネを迷わせないためにはこれを言うしかない。
「私からの命令だと思ってくれればいい」
「命令……」
小さな声で、繰り返す。
奴隷らしくいないことを強要するような命令――エレインはルーネに、より難題を申し付けているのではないかとも考えた。
けれど、それ以上に言うことは思いつかなかった。
しばしの沈黙の後、
「わ、分かりました。それは命令だと言うのなら……」
納得してくれたように頷くルーネ。
ホッとエレインは心の中で安堵の溜め息を吐きながら、改めてルーネの方を見て言う。
「なら、少し休んでいろ。ベッドも椅子も自由に使っていい」
「は、はい」
今度のやり取りはスムーズだった。
そして、エレインは今後のことを考えなければならない。
(誰かと生活するなんて、子供の頃以来か……。さすがに、宿を転々とするわけにもいかない、か……?)
今までは特に考えもせず動き回っていたが、たとえば冒険者として依頼を受ける時――彼女を連れていくかどうか、も考慮しなければならない。
簡単なものなら連れていいかもしれないが、それこそ命の危険に晒される仕事だってある――それが、冒険者というものだ。
(いや、そもそも彼女は私が買った以上、私が死ぬのも無責任か……?)
一人、壁を見据えながらどんどん深みにはまっていくエレイン。
ふと、エレインはルーネの方に視線を送る。
すると、彼女は小さな寝息を立てていた。
「……可愛いな」
小さな声で、エレインは呟いた。
本人に直接言ったら、どんな反応をしてくれるだろう――そんな風にも考えたが、あまり彼女を困らせたくもない。
それに、疲れていたのだろう――ルーネをベッドに寝かせたまま、エレインは立ち上がって椅子の方に移る。
そして、眠りに就くルーネを見ながら、再び考え込むのだった。
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