第2話 役に立つ

 手続きはすぐに行われ、少女――ルーネ・バーフィリアはエレインの『モノ』となった。

 奴隷の首輪は所有者には絶対服従になるよう、特殊な仕組みの魔法効果が付与されているという。

 ルーネの値段は、エレインの稼ぎの多くを持っていくものであったが、Sランクの冒険者として働きながら、特別お金を使って来なかった彼女に払えない額ではない。

 他の奴隷と比べても抜きん出た価値があるようだった。

 その答えは、奴隷商の口から聞くことになる。


「こいつはバーフィリア王国の王女だったんですよ、これでもね」

「バーフィリア王国?」

「小国ですよ、こっちに比べればね。とはいえ、王族の奴隷――それだけの価値があるというものです」

(……なるほど。別に、生まれは気にしないが)


 元王族の奴隷、エレインでもその言葉だけで価値があることは分かる。

 本来、他国の王族が奴隷として扱われることなど滅多にない。

 エレインが今いる『アヴェルタ王国』は大陸内でも比較的発展していて、大国に分類される――事情は知らないが、他国との小競り合いも頻繁に起きているとは聞く。

 そうした経緯で、稀に王族が奴隷として売りに出されることがあるようだ。

 手続きには多少時間を要したが、それを終えるとすぐにルーネはエレインに引き渡された。

 首輪だけでなく、手枷や足枷まで装着されたままで、だ。

 エレインはすぐに、彼女を連れてきた男に言う。


「その枷は必要ない。首の鎖もだ」

「は? しかし……」

「いい、外してやれ」

「は……っ」


 奴隷商の男がすぐに指示を出す。

 エレインはすでに上客だ――下手に言い争うようなことはしない、ということだろう。

 ここでは外さないのがルール、と言われれば、後からエレインが外すだけだが。


「では、これでこの子はあなたのモノです」

「ああ」


 ルーネの引き渡しが終わり、エレインは奴隷商の館から外に出る。

 特に言葉を交わさずとも、ルーネはエレインの後ろについてきた。


(……つい、買ってしまったが)


 そして、エレインはようやく冷静になった。

 後ろは振り返らないが――勢いでとんでもない額の奴隷を購入してしまったのだ。

 それも、エレインには似つかわしくない、『一目惚れ』とも言える理由で。


「……」

「……」


 エレインも話さないが、後ろに控えるルーネも中々口を開かない。黙って付き従うようについてくるだけだ。

 だが、奴隷市場を出ようとしたところで、ルーネの足が止まった。


「? 何かあったか?」

「あ、いえ……」


 エレインが振り返ると、視線を逸らしたままに、ルーネは言葉を濁した。

 何か言いたいことがあるのは雰囲気で丸分かりだが、彼女は怯えた様子を見せている。

 当然、いきなり知らない女に買われて連れていかれるとなれば――無理もないだろう。

 周囲を見れば、ルーネのことを見ている者も多い。

 だが、エレインの視線に気付いて、すぐに皆が視線を逸らしていく。

 奴隷市場から出たら、さらに好奇の視線に晒される可能性がある――ひょっとしたら、彼女はそれを気にしているのかもしれない。

 エレインは羽織っていたローブをエレインの顔が隠れるように纏わせた。


「……?」

「視線が気になるのなら、そうしていたらいい。私も目立つのはあまり好きじゃないが、私の傍にいれば、あまり他人の視線は気にならないだろう」


 ――何故なら、エレインだと分かった瞬間に視線を逸らす者が多いからだ。

 それだけ、彼女はこの国では恐れられる存在となっている。

 だから、普段はローブを羽織り、あまり目立たないようにしている。 

 だが、今日はこれが役に立ちそうだった。


「あ、ありがとう、ございます」


 どうやら、エレインの考えは正解だったようだ。

 エレインとルーネは奴隷市場を出て、町を歩く。

 ――こうして出会った二人の生活が、今始まろうとしていた。

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