『血濡れの剣聖』と恐れられたSランク冒険者、勢いで奴隷を買ってしまう

笹塔五郎

第一章

第1話 血濡れの剣聖

 エレイン・オーシアンは十五歳で冒険者となり、二十歳にはSランクの冒険者としてその名を馳せていた。

 孤児院で生まれ育った彼女にあった才能は――剣術。ほとんど独学で、冒険者達の中でも最高峰の実力者になったのだ。

 そんな彼女につけられた異名は『血濡れの剣聖』。かつて、冒険者ギルドに依頼あった依頼、大規模な盗賊団の壊滅作戦において、彼女はその力を遺憾なく振るった。

 結果、相手の返り血で赤く染まった彼女を見てつけられた、とされている。

 そして五年後――エレインはある悩みに出くわしていた。


(……がない)


 二十五歳になった彼女は、未だにほとんど知り合いがいない。

 冒険者ギルドや一部の冒険者とは顔見知りであるが、すっかり畏怖の対象になってしまったのだ。

 一度ついた印象は中々消えることはなく、人によってはエレインを『快楽殺人鬼』か何かと勘違いしている者もいるという。

 エレインは確かに口数の多い方ではないし、女性にしては高身長で表情も豊かではなく、威圧的に取られがちだ。

 だが、エレインは別に一人でいたいというわけではなく――むしろ、強くなったが故の孤独というものに苦労していた。

 ナンパなんてされたことはないし、恋人だっていたことはない。

 孤児であったエレインには当然、家族もおらず――天涯孤独の身だ。

 冒険者として成功している以上、お金だけは余裕はある……だが、それだけだ。


「奴隷市場、か」


 そんなある日、彼女が目にしたのは王都で開催されている奴隷市場であった。

 冒険者の中には、戦闘を得意としない者は『戦闘奴隷』を購入したり、『性交』の欲を満たすために購入したり――用途は様々だ。

 エレインも一つ道を違えたら、今頃は奴隷として生きていたかもしれないと思うと、複雑な心境はあって、あまり奴隷市場に近づいたことはない。

 そして、この先も関係ない――そう思っていたのだが、エレインはそこで、ある少女と目が合った。

 檻に入れられ、行き交う人々の好奇の視線に晒されている少女だ。

 銀色の髪に、赤色の瞳。この辺りでは珍しい上に、重厚な鉄枷で拘束されているにもかかわらず、どこか気品のある雰囲気を漂わせていた。


「――」


 エレインは少女に目を奪われていた。

 たった今、出会った――否、出会ったとすら言えない。

 少女は奴隷であり、商品として扱われている。

 声や性格なども全く分からないこの状況で、それでもエレインに芽生えた感情は――彼女自身、理解できていなかった。

 だが、自然と身体が動いていた。

 エレインの姿を見て、少女の前に集まっていた者達は一斉にその場を退いていく。


「見ろ……『血濡れの剣聖』だ」

「馬鹿、その名を目の前で呼ぶな……! 殺される……!」


 そんな人々の言葉など耳に入らず、エレインは少女の前に立つ。

 少女も、俯き加減にエレインを見ていた。


「君の、名前は?」

「……え?」

「君の名前を、聞かせてくれないか」

「わ、私は――」

「これはこれは……Sランク冒険者のエレイン様。この子に興味がおありで?」


 少女の言葉を遮ったのは、無精髭を生やした細身の男であった。

 彼女を売りに出している奴隷商なのだろう――指につけた宝石を見せつけるようにしながら、下卑た視線を送ってくる。


「この奴隷に興味がおありで? こいつは――」

「……いくらになる?」

「へ?」


 男が少女について説明しようとする言葉を遮り、エレインは言い放つ。


「彼女は……私が買おう。金ならいくらでも出す」


 、エレインは言うつもりなどなかった――けれど、気付けば口にしてしまっていた。

 エレインは今日、初めて出会った奴隷の少女に――恋をしたのだ。

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