第145話

交差点の向こう、路肩に黒く気取ったボルボが停められている。


運転席に座っているのは久世、目が合うとサングラスを外して笑い、優雅に手を振った。


助手席に身を預けている弥生の瞳は、相変わらず何の色も温度もない。


先ほどと違っているのは海色のドレスに、腕や首や耳に何百万円もしそうな宝石をあしらっているということだった。


――着せ替え人形と、人形使い……か。


これほど美しいのに、見ているだけで不吉を覚える二人だった。


「英ちゃん」


凛が英理の腕にしがみつき、怯えたように後ずさった。


「大丈夫だよ」


英理は力強い口調で励まし、逃げずに横断歩道を渡っていく。


渡り切ったところで車は発進し、国道を南へ下っていった。


――次の獲物を求めて?


彼らは気づいているのだろうか。その道の先には破滅しかないことを。


「本当に、データを破棄することが目的だったのかな」


ぽつりと凛が漏らした言葉に、英理はどきりとした。


「どういう意味?」


「だって」


凛はまごついた様子で言う。


「江本教授の遺志がデータの破棄だったって、そんなの誰も分からないでしょう」


英理は息を呑んだ。


「確かに……そうだけど」


自分ならきっとこうするはずだという固定観念、その物差しだけで弥生の行動を測ろうとしていた。


けれどあの時、弥生は一言も「そうだ」とは言わなかった。


ジュラルミンケースの中身を確認したが、その場で破棄する様子は微塵も見られなかった。


まるで――。


「江本さんのお父さんの話を聞くと、むしろ逆なんじゃないかな。江本教授の遺志は新薬の開発を続けることで、彼女もそれが目的だったんじゃない?」


「まさか」


打ち消しながらも、英理は嫌な汗が背中に噴き出すのを感じていた。


「あり得ない。自分のクラスメイトたちを殺した薬だぞ」


凜は黙って、英理の横顔を見つめている。


その小さく尖った顎が、薄い瞼が、柔らかい眉が、異様な力を持って肉薄してくる。

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