第125話

研究の概要としては、発達期における中学生百六十名にある特定の食品を毎日一定量摂取させ、結果を医学的観点から長期間に渡って計測しサンプリングすることによって、その食品が脳にどのような効果をもたらすかを明らかにするというものだった。


実施期間は一年間で、2003年9月1日から2004年9月1日。


被験者は当時の美咲が丘中学二年生。選ばれた食品はチョコレートだった。


チョコレートには大脳皮質を刺激し、集中力、思考力、記憶力を高めるテオブロミンや、脳の唯一の栄養素であるブドウ糖、中枢神経に作用し注意水準を向上させるフェニルアルデヒド、ジメチルピラジン、フェニルメチルヘキサナールなど、脳を活性化させる様々な成分が含まれている。


今回そのチョコレートを摂取し詳細なデータを取ることで、更にチョコレートの持つ効果について明らかになることが期待されていた。


脳科学研究推進プロジェクト自体は、日本脳科学研究所が発足して間もない2000年から行われており、食品と被験者が毎年変わってはいたものの、研究主題と手法は同様のものだった。


日本脳科学研究所と東都大学附属病院が共に東京を所在地とするため、モデルスクールに選ばれるのも東京都内の中学校と決まっていた。


厚生労働省から選ばれた教育機関に説明と連絡が行き、日本脳科学研究所が予算を組んで食品を用意して送り、東都大学付属病院から医師や看護師が定期的に派遣されてデータを計測する。


これだ、と激しい直感が稲妻のように脳天を突き抜けた。


不審がる永作を捨て置き、英理は挨拶もそこそこに職員室を立ち去った。


――ようやく見つかった。


美咲が丘中学と日本脳科学研究所を結ぶ接点。


この実験を主導していたのは、恐らく江本弥生の父親だ。


よしんば主導していなくとも、実験の意図ぐらいは知っていたに違いない。


当然、娘の弥生もそれを知っていた。そして、父である向井要も――。


鳥肌の立つような思いだった。


父が入庁したのは厚生労働省。実験が行われた当時、どの部局のどのポジションに就いていたのかは知らないが、美咲が丘中学の生徒たちが毎日チョコレートを食べていることは、英理の保護者として当然把握していたはずだ。


脳科学の研究?食品の摂取による効果の計測?馬鹿を言っちゃいけない。


これが単なるチョコレートを食べるだけの実験なはずがない。


そんな自由研究みたいに曖昧で牧歌的なことに国が莫大な予算をつぎ込むわけがない。


前の年もその前の年も、子どもだましのお題目の陰で何かが行われていたはず。


全ては、ここから始まっていたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る