第126話
駅までの道を全力でひた走りながら、英理は日本脳科学研究所の開所時間を調べていた。
時刻は午後六時四十二分。日本脳科学研究所は午後六時には閉まっている。
それでも、無理やりにでも会って、必ず問いただしてやる。
俺たちに何をした――と。
脳科学研究所所長、楠方友則。
江本馨も向井要も死んだ以上、この人物に会って話を聞くよりほかに真実に至る道はない。
その瞬間、計ったかのようなタイミングでポケットの携帯が大きく震えて鳴り出した。
液晶には『江本弥生』の文字。
「もしもし」
立ち止まって電話に出ると、向こうは押し黙ったままこちらの様子を窺っている。
受話器越しに、複数の気配が感じられた。
こちらの切らしていた息が整っても、相手不気味な沈黙を保っている。
「もしもし、江本さん?」
『シュンは』
ほぼ同時に声が重なり、英理はその声を聞き取りそこねた。
「え?」
『シュンはどこにいるんですか。シュンを返してください』
江本弥生の声ではない。明らかに違う、他人のものだ。
若くはないが老人でもない女性の声。ひどく震えている。
異変に気づくと同時に、受話器の向こうで彼女の声に亀裂が走った。
『警察には何も言っていません。お金ならお支払いします。だから……だからどうかシュンだけは返してください。お願いします。お願いします』
英理は訳も分からず動転したまま、
「あの……」
ともかく相手の名前を聞こうとした途端、電話は鋭利な刃物で断ち切られたように、一方的に終わりを告げた。
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