第124話

「それで?本題を聞くよ」


と促され、切り出す言葉を用心深く選んでいると、


「まさか、お前も十年前の事件のこと、何か疑ってるんじゃないだろうな」


永作は剣呑な面持ちで言い出した。


「誰か、何か疑ってるんですか」


「事件の後、マスコミは散々ハイエナみたいにうちを荒らし回って、ネットでも浮説憶測が飛び交っただろ。そのせいか、陰謀説とか馬鹿なこと言って調べ回ってる生徒もいたんだよ。でも、それも二、三年前までのことだけどな。

お前たちの代も、大体の人間が社会人になってる年齢だし、それどころじゃなくなったってことだと思うよ」


しみじみと永作は言った。


「先生。俺が聞きに来たのは事故のことじゃなく、チョコレートのことなんです」


「チョコレート?」


「覚えていらっしゃいますか。俺たちが中学二年生の頃から、放課後になると配られてたチョコレート。開封して、包み紙に名前を書いて回収してました。赤い無地のパッケージの」


「ああ!あれか」


すぐに思い出したらしく、永作は手を打った。


「そうなんだよ。毎月段ボールでどっさり送られてきて、冷蔵庫まで支給されてた。いちいち包み紙まで送り返すの大変だったんだよな」


「あれって何だったんですかね。今さらだけど気になって。何か最初に説明聞いた気がするんですけど」


「変なこと気にするんだな」


よっこらしょと大儀そうに永作は立ち上がり、と壁に取り付けられたスチール棚に向かっていって、そこから分厚いファイルを取り出してきた。


背表紙には『2003年 脳科学研究推進プロジェクト』とある。


指に唾をつけて湿し、もたついた手つきでページをめくると、


「たしかかこの辺に……あったあった」


永作は資料の一枚を引き抜いて、英理に見せた。


それは学校側に渡された、説明のための資料のようだった。


タイトルは『脳科学研究推進プロジェクト』、産官学の協同事業と銘打って、主催は日本脳科学研究所、実施は東都大学付属病院、後援は厚生労働省として十一年前、東京都立美咲が丘中学校がモデルスクールとして選抜されていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る