第110話

――江本さんはアリオンだったのか。


この書き方からすると、恐らく二人きりで会ったのだろう。


デーミウルゴスとピコは、二人について知っていたのだろうか。


備忘録は細かい字で丁寧に綴られ、その日付は最近まで連なっていた。


『十一月二十日 弥生 結婚の了承を得る』


年が明けた五月に三たび、


『五月十八日 十周忌』


『五月二十日 有理に電話 再婚の旨話す 帰国するとのこと』


『五月二十四日 顔合わせ 恵美子 強く反対。裏切り者、恥知らず。息子たちに

申し訳ない』


淡々とした単語の列挙が胸をえぐった。


弥生への思いは、この備忘録の中では一言も語られていない。


「何で……」


息がかすれた。握りしめた手が汗ばむ。


――何で江本さんなんだよ。


その理由が欲しくて探し求め続けているのに、父は何も語ろうとはしてくれない。


表向きは単なる事故で、警察だってそう結論づけている。


疑いを差し挟む余地はない。


自分がおかしいのだろうか。


死を予兆する不吉の象徴として彼女を捉えてしまう、自分の頭が常軌を逸しているのだろうか。


何もかもを江本弥生のせいにして、ありもしない責任を押しつける、自分がいけないのだろうか。


――会いにいこう。


英理は備忘録を閉じ、立ち上がった。


あの弁護士に連絡を取り、江本弥生の入院しているという病院に行くのだ。


そして面と向かって問いただそう。


お前が父を殺したのか――と。

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