第92話

「江本さんは、今どうされているんですか」


「回復に努めておられますが、もう少し療養が必要なようです」


――白々しい。


英理は苛立った。


立ち尽くしていると、いつの間にか戻ってきていた玉田宗助が言った。


「すみませんが、私は家内の様子を見なければならないので、本日はこれで失礼させていただきます」


「結構ですよ。こちらも英理さんとお話させていただいて、大筋で合意に達したところですので」


久世が請け合うと、宗助は懸念の表情でちらりと英理を見る。


会議室を出て、エレベーターホールに向かう久世の姿を見送り、宗助は英理に向き合った。


「すまなかったね。恵美子がこんなことになってしまい、僕もそれどころではなくなってしまって」


「いえ、いいんです」


英理は首を振った。


「どちらにせよ遺産のことは、僕も兄も家さえ残ればいいと思っていたので」


「賢い選択だったと思うよ」


英理の肩に手を置いて宗助は続ける。


「どんな言葉で言い繕おうと、結局のところ、向こうが欲しいのは金だ。くれてやれば、これ以上関わり合うこともなくなる」


その口調の辛辣さと瞳の冷酷さに明確な差別意識を見て取って、英理は唇を引き結んだ。


「すみません。お力になっていただいたのに、何のお礼もできなくて」


「そんなこと、英理君が気を使う必要はないよ。こちらこそ恵美子が取り乱してしまって、悪かったね」


優しく宗助は言って、手を振った。


「お義父さんは亡くなる前、恵美子に両国の土地を残してくれた。この上、義兄さんから何かをもらおうなんて、私も恵美子も考えちゃいないよ。ただ、君たちが不憫でね……」


瞳を潤ませている様子を見て、英理は居たたまれない気持ちで口ごもった。

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