第91話

もともと、そのつもりだったのだろう。


土地建物を相続したところで固定資産等の維持費が発生するし、売却するとしても費用と手間がかかる。


法定相続分を現金でもらえるのなら、それに越したことはないだろう。


相続税を差し引いても、まとまった金額が懐に入ることになる。


だが、叔母の言うように弥生が遺産だけを目当てに嫁いできたとは、英理には思えなかった。


これは結果的に入った余禄よろくのようなもので、本来の目的は別のところにあるのではないか。


五千万を下らない大金を使って、弥生は一体何をしようとしているのか――。


「それでは、私はこれで失礼します。本日はありがとうございました」


久世が身を翻して去ろうとしたので、英理は思わず言った。


「随分と手際がいいんですね」


皮肉めいた響きに、しまったと思ったときには遅かった。


久世は獲物を見つけた獣のように目を輝かせ、興味深げにこちらを見つめてくる。


兄の忠告を思い出し、英理は歯噛みした。


「どういう意味でしょうか」


上辺は丁重に、しかしどこか面白がるような含み笑いで久世は問う。


確かに、自分はこの男に腹を立てていたのだ。


父の死にずかずかと土足で踏み入り、我が物顔でのさばるこの男に。


恵美子が怒鳴っていなければ、声を上げていたのはきっと英理のほうだった。


「こうなることが、最初から分かっていたんじゃないですか」


「なぜ」


「なぜって、あんまりにもスムーズじゃないですか」


剣呑に英理は言う。


「まるであなたたちは、最初から準備していたみたいだ」


久世は薄く笑った。


笑うと目元が妖しく光って、肉食動物の威嚇いかくめいて見える。


「大切な方の死後というのは、時間の進み方が異常に早く感じたり、止まってしまったりするのだそうです。心の中を整理するためには、それなりに時間を要します。

あいにく我々のような人間には、そのお手伝いはできません。その代わりといってはなんですが、実務面において、できる限りのサポートをさせていただく所存でございます」


マニュアル通りの台詞に不愉快を覚えて、英理は目を逸らした。

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