第89話

「じゃあ、代わりにあなたに言わせていただきますけどね。結婚してたった一日の相手の財産の半分を持っていくなんて、それは泥棒ですよ。常識では考えられないわ。そこは気を使って、有理や英理に譲りますとするのが筋ってものでしょう。違う?」


恵美子は久世に突っかかった。


「大体、一緒に旅行に行っておいて、何で自分は夫の車に乗ってないのよ。お墓参りに訪ねておいて、どうしてベッドで寝てられるの?仮にも夫婦なんだから夫唱婦随、夫が行くところにはどこにでもついていくのが妻ってものでしょう。それを、ぬけぬけと」


「やめないか」


宗助が妻をいさめた。


「英理君もいるんだぞ。こんなところで、終わったことをとやかく言ってどうなる」


「終わったこと?終わったことですって?」


恵美子の声がさらに甲高く、悲鳴のように千切れた。


「兄さんは、あの女に殺されたのよ!だから私は言ったのよ。何度も言ったでしょう、私は反対だ、やめておいたほうがいいって。それなのに勝手に結婚して勝手に……こんなことになるなら私が、私が止めておけば……」


大声で泣き叫びながら、恵美子はその場に崩れ落ちた。


過呼吸の発作を起こしていると察し、宗助は慣れた様子で恵美子の背をさすり、会議室の電話で人を呼んだ。


「すみませんが、急病人が出たので、どこか休む部屋を手配していただけませんか。……いえ、救急車は必要ありません」


先ほどとは打って変わった、てきぱきとした調子で進めていく。


職業柄、感情を抑制して動くということに慣れているのだろう。

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