第85話

「優秀な弁護士って、さっき言ったよな」


キャリーケースを片手に颯爽と歩いていく兄の後ろ姿に、英理は問いかける。


「兄貴は会ったの、そいつと」


振り向いた有理の後ろで、せわしないアナウンスが鳴り響いている。


通路を横切り、ゲートをくぐり、空を越えて境界線の向こう側へと飛び立っていく膨大な人の群れ。


「ああ。帰国する前日に、わざわざ俺のマンションまで来た」


向井弥生の代理人ですと彼は名乗り、玄関先で数分話し、名刺を置いて去ったという。


「遺産分割協議に、俺が参加するのかしないのかを知りたいようだった。委任状を書いて弟に任せると言ったら、あっさり引き下がったよ。俺が欠席と知って、根回しの必要はないと判断したんだな」


たったそれだけのために、その弁護士は海を越えてやってきたというのか。


英理が衝撃を受けていると、有理は心得顔で頷いた。


「お前、前に言ってただろう。彼女は中学を出た後、後見人の元で育ったと」


英理は無言で頷いた。


「どうもその弁護士は、そこからの繋がりらしい。彼女自身のことを熟知してるし、相当付き合いは長そうだった」


有理は声を低めて告げる。


「それだけじゃない。俺の職業や人間関係の細部まで把握してるような口ぶりだった。依頼人を守るために、どんな情報でも利用するつもりなんだろう」


「何者なんだよ、そいつ」


「さあな。だが、頭は相当切れる。ちょっと喋っただけで分かった。これは、かなりのくせ者だってな」


有理はどこか面白がるように言った。


「難敵だぞ、英理」

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