第84話

「俺は」


英理は言い淀んでうつむいた。


「……分からない。けど、このままにしておこうとは思ってない」


「だったら、相手の姿をよく見極めることだ」


有理は厳しい表情で言った。


「警察だって馬鹿じゃない。事故について明らかに不審な点があれば、何らかの捜査を行っているはずだ。それをしなかったということは、少なくとも彼らの目から見て、この事故は事件性なしと判断されたということだ」


強い眼差しから十年前のことを汲み取って、英理は口をつぐんだ。


「人を疑うってことは生易しいことじゃない。軽々しくやっていいものでもない。俺はそう思っている。だけど、それでもお前が何かを知りたいというのなら、徹底的にやればいい。兄として、協力できることはさせてもらう」


差し出された手を取ると、強く握りしめられた。


「ありがとう」


喉の奥が熱かった。


「いいか。焦るなよ、英理。焦っちゃ駄目だ。必要なら何日でも何週間でも、何年でも待つんだ」


有理は真剣な声色で言葉を重ねる。


「待っていれば、相手は必ず行動を起こす。そうすれば何かが見えてくる。こちらが先に動けば、相手は警戒して姿をくらますかもしれない。とにかく、今は何も分からないふりをしておくことだ」


いいな、と念押しされ、英理は頷いた。


「分かった」


有理が初めて、ほっとしたように表情を緩めた。


張りつめていた緊張の糸が、ゆるやかに解けてゆく。


やがてタクシーは成田国際空港に到着した。

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