第43話



二人がタクシーに乗り込むのを見送ると、英理と有理、恵美子の三人は再びロビーの喫茶室に戻った。


「世間知らずだとは思ってたけど、まさかここまで馬鹿だとは思わなかった」


まだ激怒の余熱が冷めやらぬのか、恵美子の口調は尖りっぱなしだった。


「還暦を迎えた男があんな小娘に入れ上げるなんて、我が兄ながら、ほとほと愛想が尽きたわ。これからはそれ相応の付き合いをさせていただくから、兄さんにそう伝えて」


キンキンとわめく恵美子の声を聞いているうちに、冷えた胃のあたりがずんと落ち込むように痛くなってくる。


胸がむかつき始めたので、英理は席を立った。


トイレから戻ってみると、叔母はまだ威勢よく気炎きえんを吐いている。


辛抱強く付き合っている兄を、英理は驚嘆の思いで眺めていた。


「人の口に戸は立てられませんし、事実婚よりは籍を入れたほうが世間の目もまだましだと思います。おっしゃるとおり親父もいい大人ですし、こうなってしまった以上、俺たちが反対しようと意志は変えられないようですから」


この上なく冷静沈着に有理は述べる。


「公務員の退職金が多いのを分かってて、あの女は近づいたのよ。よりにもよって、あんな……」


ぶつぶつと恵美子は呪詛じゅそを並べている。


向井要は大学卒業後、厚生労働省に入庁し、定年までそこで勤め上げた。


どんな部署で働いていたかは知らないが、国家I種で入ったため、そこそこのポジションにはついていたに違いない。


退職金は、おおよそ七、八千万円といったところだろうか。

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