第20話




「分かってるって。今度の日曜だろ」


スマホの向こうで念を押す父の声に、英理は煩わしそうに応えて電話を切った。


「珍しい。英ちゃんがイライラしてる」


おどけたように言うのは、エプロン姿で台所に立っている女性で名を吉岡凜よしおか・りんという。


英理の大学時代の後輩であり、三年ほど前から交際している相手でもあった。


お互い社会人になってからは一人暮らしで、週に一度は英理が凜の部屋を訪れる。


夕食をつくってくれるのは凜で、材料費は英理が負担する。


交通の利便性の悪さも手伝ってか、凛のほうが英理の家に来ることはあまりない。


たまには来るように誘っても、「英ちゃんの家、何にもないんだもん」と無邪気に断られる。


「定年したから暇なのか知らないけど、最近親父、しつこいんだよ。たまには実家に顔出せとか何とか」


二人がけのソファーでネクタイを緩めながら、英理はぼやいた。


「俺よか兄貴のほうが、よっぽど顔出してないってのに」


「きっと、大事な話があるんだよ」


背を向けたまま、凜が明るく言った。


元気印のポニーテールが弾むように揺れている。


「わざわざ息子二人をホテルに呼びつけるくらいだもん。重大発表あるんじゃない?」


「正直、予想はしてる」


こじんまりとした食卓に並ぶケチャップとマヨネーズを見つめ、英理は声を落とした。


「多分、再婚するんだよ」


「できた、今日も完璧」


出来上がったオムライスを皿に盛りつけると、凜は円卓にそれらを並べ、大きなスプーンとフォークとサラダを横に置いた。


ミニトマトの鮮やかな赤が目にしみる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る