第19話

今まで社内の誰にも気づかれていなかったということは、弥生自身も二人の関係性を人に打ち明けたことはなかったということだ。


それが、なぜ今になって言い出したのだろう。


電気をつけ、しんとした室内にこもる冷蔵庫の音を聞きながら、英理は我知らず身震いしていた。


――どうして、こんなに嫌な予感がするんだろう。


その時は大したことではないと思っていても、振り返ると、それが重大な意味を持つ出来事だったと分かることがある。


もしかすると、これがそうなのだろうか。


――考えすぎか。


冷蔵庫を開けてビールとカップ焼きそばを取り出しながら、英理はかぶりを振って思考を打ち消す。


だが、否定することのできない事実は、結晶のように硬く心の底に根づいていた。


――俺は、あの子のことが苦手だった。


ずっと目を背けてきたことだが、今となっては認めざるを得ない。


昔から英理は弥生が苦手だった。


どうしてか分からないが、好きになれなかった。


だが女子はともかく、男子の間でそんな本音が受け入れられるはずがないと察して、ずっと封じ込めてきたのだ。


お久しぶりですと言った、弥生の顔が脳裏をかすめてよぎる。


九年ぶりの再会を認め、これから何を始めようというのだろう。


甲高い音を立ててやかんが鳴き、水の沸騰を教えてくれる。


ガスコンロを切り、慎重に蓋をめくった容器にお湯を注ぎながら、英理は自動的に遡ろうとする記憶を無意識から引ったくって、自分の手で無理やり切断する。


――繋ぎ直したくなんかない。


そして闇を吸い込んだガラスに映る、自らの顔を目にして気づく。


自分は決して、決して彼女との再会を望んだことはなく、喜んでもいないのだと。




















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