第12話

「手」


掴みっぱなしの腕を指さし、弥生は淡々と言った。


「離してください」


「あ、ごめん」


火傷でもしたかのように、慌てて手を引っ込める。


すると背中を向け、弥生は再びエレベーターのボタンを押した。


「どうしても駄目かな」


半ば諦めながらも、縋るような思いで言葉を重ねる。


「冴島さん、言い方はきついかもしれないけど、いい人なんだ。俺もよく営業で面倒見てもらって、お世話になってる。でも合コンだから、代わりに俺が行くっていうわけにもいかないし。参加してくれたら、すごい助かるんだけど」


弥生は振り向かず、黙ってエレベーターを待っている。


気詰まりな沈黙に、機械の稼働音だけが虚しさを呼んでくる。


英理は溜息をついた。仕方がない、諦めよう。


「……分かった。引き留めてごめん。じゃ、お疲れ様」


「向井さんは、向井君ですよね。美咲が丘中学の」


息が止まった。


凍りついたまま振り向くと、開いたエレベーターに乗り込んだ弥生と目が合った。


「お久しぶりです」


悟り澄ましたような顔の弥生の前で、するすると扉が閉まる。


しばらくの間、英理はその場に立ち尽くしていた。

















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