第5話

よくあることだ。


似たようなことはきっと、この瞬間も日本中で無数に起こっている。


別に大したことじゃない、適当に受け流しておけばいい。


正面きって腹を立てるだけ損だ。


けれど何度経験しても心は慣れなくて、その度に言いようもなく消耗することだけは避けられない。


――いっそ嫌な気持ちは全部蓋をして、ごみの日に捨てられたらいいのに。


それか、スイッチのように簡単にオンオフを切り替えられればいいのだ。


会社にいる間は心のスイッチをオフにして、家に帰ればオンにする。


そうすれば何も言われても平気だし、些細なことで一日中暗い思いにならずにすむ。


傷つくこともなければ、心に泥水が染み出してくることもない。


とりとめのない思考をさすらいながら、息を吐き出して、昨夜の雨に濡れて錆びた手すりにもたれかかる。空には雲がかすむ。


そろそろ戻らないとまた何か言われそうだと思い、時計に目を落とすと二分も経っていない。


一人きりで時間を潰すのは、意外と難しい。


煙草でも吸えたら手持無沙汰じゃないのになと思っていると、出し抜けにドアが開いた。


「こんにちは」

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