千年ぶりに現れたとかいう安倍晴明レベルの陰陽師は俺がいないと何も出来ない!〜インスタント神主の兄は、自己評価がマリアナ海溝並のスーパー陰陽師を何とか陸に引っ張り上げたい〜
宇部 松清
第1話 これがまぁ五歳だっつぅんならな
「やっぱり僕には無理だったんだよ歓太郎」
俺の前で体育座りをし、ぎゅっ、と膝を抱きしめるようにしてそうこぼしたのは、可愛い可愛い弟の慶次郎である。
ぐすぐすと鼻を鳴らし、道行く女の子がほぼほぼ全員振り返るほどのきれいな顔をぐしゃぐしゃに歪めている。
これがかなり年の離れた弟だっつぅんならわかる。ここまでべしょべしょに泣いても、五歳なら許される。ところがどっこい俺達はたった一歳しか違わない。俺が十九で慶次郎は十八だ。厳密には、まだ誕生日が来ていないので十八だから同い年なんだけど。
つまり、高校卒業を控えた十八の弟が、ぼたぼたと涙をこぼしながら、顔を真っ赤にして弱音を吐きまくっているのである。
兄貴の俺が言うのも何だが、弟の慶次郎はそんじょそこらのイケメンが束になっても敵わないくらいの美男子だ。多少小洒落た恰好でもさせて駅前辺りを歩かせれば、モデルのスカウトが光の速さで群がってくるだろう。そのレベルの美男子だ。
おまけにこいつは――、
「僕なんて、どうせただ式神が出せるってだけなんだ」
紫色の袴は、とめどなくこぼれ落ちる涙によって、より一層その色を濃くしている。超局地的ゲリラ豪雨である。
「いや、お前ね。俺に対する嫌味だぞそれは」
「へ?」
「式神が出せるだけでもすげぇだろ。俺なんてな、インスタント神主なんだぞ? 偉そうにお祓いとかしてるけど、俺自身にはなんの力もないんだぞ?」
「そんなことないよ。だって歓太郎は神楽も舞えるし、神様ともお話出来るじゃないか」
「神様とお話って……。その通りではあるんだけど、なんかやべぇ宗教みたいだな」
やべぇ宗教の話ではない。
神主の兄貴と、その弟の陰陽師の話である。
先述の通り、俺の可愛い弟である慶次郎は陰陽師だ。それも、式神なんてのがホイホイと出せるレベルのやつ。かの有名な安倍晴明殿、しかも映画や漫画、小説なんかに出てくるやつを想像してほしい。それだ。ていうか、彼はウチのご先祖様だったりするらしい。約千年の時を経て、そのレベルの陰陽師がこの世に生まれてきたのだ。それがこいつだ。
とはいえ、平安の世であれば、鬼やらあやかしやらの世であったのだろうし、多少引きこもり気味(ぶっちゃけ『気味』どころではないけど)のコミュ障でも、ぱぱーんとその辺りを退治してりゃ「さすがは陰陽師殿!」ともてはやされたはずなのである。
が。
いねぇんだわ、そんなの。
この平成の世には。
誰だ、絶滅させたの。晴明殿か。残しとけよ、慶次郎の分。
だから、千年ぶりに現れたとかいう安倍晴明レベルの陰陽師も、この世ではただのコミュ障の引きこもりなのである。
そんでその兄貴の俺は、というと――、
「ごめんね、歓太郎」
「んあ? 何がよ」
「もうすぐ出発だっていうのに、こんな話しちゃって」
「いーよ、別に」
「や、やっぱり、ぼ、僕、何とか、がん、頑張っ」
真っ赤な顔を上げて、袖でぐい、と涙を拭う。さんざん弱音は吐いたけど、それでもこいつは一応、自分の立場というものをちゃんと理解はしている。自分に与えられた、備わった力をどう使うべきか、この
本当は、このタイミングで俺は
こいつは晴明殿の再来の陰陽師だけど、じゃあ『俺』は何なんだ。それをずっと探している。
それでまぁ、慶次郎は先述の通りすごいやつであるのだが、昔から、俺に頼り過ぎなのである。だから、三年くらいほっとけば、さすがのこいつも多少たくましくなるだろう。荒療治、荒療治。なんて考えて。
「か、かん、歓太郎が、いなくても頑張るから」
「い、いま、いままで、あり、ありがとう」
「ぼ、ぼぼぼ僕のことは、気にしないで、ひ、ひろ、広い世界を見てきてくれ」
「ぼくのぶんまでぇ……っ」
絞り出すような声だった。
細身ではあるが、
ぼくのぶんまで。
こいつは、ここから出られない。
もちろん、物理的な意味じゃない。門の外に出ることは禁じられていない。行きたきゃコンビニでもスーパーでも行けば良い。ていうか、学校にだって通ってるんだし。
だけどこいつの人生というのは、もう決まっている。
まぁ、こいつが嫌がったところで、じゃあ他で働けんのか、って話になるわけだが、天秤にかけたら結構な勢いでこっちに傾いたんだからしょうがない。
性格的にも、能力的にも、自分はここから出られない、というのを慶次郎は昔からよくわかっている。
だからなんだろう。
君は広い世界に行くべきだ、歓太郎。
たくさんの人に出会って、たくさんのものを見て、それで、たまには帰ってきて、その世界の話をしてよ。僕、ここで待ってるからさ。歓太郎の話、楽しみにしてる。
インドにでも行くかな、と冗談混じりにこぼした時、てっきり「行かないで」と泣かれるとばかり思っていたところへ、かけられた言葉がそれだった。
俺がいねぇと何にも出来ねぇ癖に。
ぎゅっと握った手が震えてるのに気づいていないふりをしたのは、兄貴としての優しさだ。
本当に行くつもりではいた。
強がりでも何でも、本人がそう言ったのだ。こいつもこいつで考えがあるのかもしれないし、変わろうとしているのかもしれない。そう思って。だけど。
「行ーかねぇ」
「は?」
「やっぱやめた」
「やめた? 何を?」
「インド行くの」
「なっ、なん、何で」
「えー? 何か水とか合わなそうだし」
「そんな! いまさら!?」
「俺、いうほどカレー好きでもないし」
「インドってカレーしかないの!?」
「カレーしかないんじゃね?」
「そうなのか……だとしたら辛いね」
あれ、でもこないだ僕が作ったカレーお代わりしてなかった? と大真面目な顔をして、慶次郎が首を傾げる。そこへ、「日本のカレーは平気なんだ」と雑な嘘を重ねれば「成る程、そういうことってあるよね」とあっさり信じた。そういうところもお兄ちゃんは心配だよ慶次郎。
「……てことは、まだここにいてくれるの?」
おずおずと、上目遣いで俺を見る。涙は引っ込んでいたが、目はまだ赤い。
「いるに決まってんだろ。追い出すなよ、俺、兄ちゃんだぞ」
「お、追い出すなんてそんな!」
「無職もきついから、神主続けるわ」
「ほんと?」
「由緒正しき
「僕は笑ったりしないよ」
「知ってる」
全く冗談の通じねぇやつだ、と逆に笑ってやる。
規格外の力を持っている癖にそれを持て余しまくっていて、俺がいないと何にも出来ないようなコミュ障の弟だけど、こいつは案外やる時はやる。俺はそれを知っている。
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