第5話 欲しかったもの
「……どういう意味でしょう」
「言葉のままだよ。もういいのか」
老人はそう言うと、煙草を僕に向けた。
「あ、どうも……いただきます」
同じ銘柄だと思いながら、一本もらう。
「ほれ」
至れり尽くせり、老人はライターの火を僕に向けた。恐縮しながら火をつけると、老人と同じタイミングで煙を吐いた。
「それで、その……もういいのかってのは、どういう意味なんでしょう」
「お前さん、悩んでるだろう。もっと言えば、迷ってる」
「……分かりますか」
「さっきお前さん、あの子とのやり取りで、どうして何も言ってあげないんだと、随分不満そうだった。だがそれは、私の役目じゃない。あの子の親父さんを見て分かった筈だ」
「……そうですね」
「私がいるのは、多分……お前さんと話す為なんだ」
「僕の為……いやいやおじいさん、何を言って」
話の意図がつかめなかった。この人は僕に、何を伝えたいんだろう。
そんなことを思ってると、老人は煙草を灰皿にしまい、ゆっくり僕の前に立った。
「私がここにいる理由。それは……こういうことだったんだと思う」
頭にそっと乗せられた、老人の手。
突然見知らぬ人に頭を撫でられた。こんな中年のおっさんが。
その行為に動揺したけど、僕は動けなくなった。
――その温もりは、僕がこの数か月求めていたものだった。
いい歳した大人が、頭を撫でられている。それはとても恥ずかしいことだ。
現に僕は今、耳まで赤くなっている。胸がざわざわしている。
その筈なのに。
僕はいつの間にか目を閉じ、その温もりに身を委ねていた。
煙草が指から離れ、地面に落ちる。
いつの間にか、目から涙が溢れていた。
止まらない。
肩が震える。
声にならない声が漏れる。
病室で、親父の手に触れた時と同じ。嗚咽だ。
「父さん……」
「……」
涙が止まらなかった。
「父さん……父さん……」
「……辛いこともあったろう。逃げ出したくもなったろう。それでもお前さんは今、こうして生きている。日々を戦っている。何一つ諦めていない」
「……そんなこと、ないと思います……僕はずっと逃げてました、全てから……そして、それでいいと思ってました」
「だが、それでは駄目だとも思っている」
「でも……踏み出す勇気が出ません。父さんはあんなにすごい人だったのに……強い人だったのに……」
「同じだよ、みんな」
「……」
「みんな
「でも親父は……最後まで立派でした……」
「……そうか」
「……」
「どんな気持ちだ?」
「ほっとします……嬉しいです、温かいです」
「じゃあ、頑張らないとな」
老人の言葉に、僕は顔を上げた。
老人は僕を見つめ、にっこりと笑った。
「疲れたら、歩みを止めればいい。立ち止まればいい。そしてまた……元気になったら歩けばいい」
そう言って、荒々しく頭を撫でた。
「頑張れよ」
その笑顔に、僕は泣きながらうなずいた。
まだ涙は止まらない。
僕はその情けない顔を老人に向け、笑った。
そして言った。
「ありがとう」と。
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次回、最終話です。
よろしくお願い致しますm(_ _)m
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