しらない言葉

 未だに僕はお師匠さまの名前を知らない。


「〇〇の魔女」と、通り名で呼ばれることはあるけど、通常、魔女は本当の名前を誰にも明かさないらしい。

 魔女の名前は魂そのもの。もしも自分に悪心を持った相手に、名前を知られて魂を縛る呪いを掛けられたら死ぬまで隷属させられてしまうんだそうだ。


 誰かに聞かれても、嘘をつかなくていいように、僕にも名前を教えてはくれない。

 そうは言っても僕は声が出ないのだから、筆談くらいしか方法はない。


 直接名を呼ぶことは出来なくても、やはり呼び名は必要だ。

 なんの魔女と呼ばれているのか聞いたら、お師匠さまは嫌そうな顔をした挙句、「おししょーさまと呼びなさい!」と叫んだ。


 あの日、殻から出て、既に5歳児くらいの大きさに育っていた僕は、お師匠さまの献身的なお世話の甲斐あって、今は人間の年齢で言ったら12、3歳くらいの外見まで成長した。

 髪、眉毛、睫毛まで白く、肌も白い、爪は透き通っているし、下半身から胸まで続く鱗も白い。とにかく積もり立ての雪のように全身真っ白な僕の体の中で、色があるとしたら、口の中と、目の色。

 内臓までは魔女の力も及ばなかったようで、光に透ける眼球は、血の色を溶かしたように紅かった。


「……ルビーって名前にすれば良かったかしら」


 時々そうこぼすお師匠さまのセンスはやっぱり壊滅的だ。僕が成長したのに彼女は全く見た目も変わらず、外見の年齢ならそのうち追い越してしまいそうな気もする。


「可愛い子。どこででも生きて行けるように私の持てる知識を全て教えてあげる」


 体が大きくなってきて、魔力がたくさん備わっている僕に、お師匠さまは魔法を教えようとした。

 でも呪文は声に出して唱えないと効果のないものが多く、僕に使えるのは簡単なものだけ。それでもいつか声を出せる日がくると信じて、お師匠さまに言われるまでもなく、自分からせっせと書物を漁り、複雑な術式までも覚えた。


 他にはお師匠さまの作る薬の材料集め。家の近くに作った薬草園にも生えているし、ちょっと変わった材料でも森に分け入ればすぐに手に入る。

 結界の外には出ないこと、竜の仔は強いから、弱い魔物は襲ってこないけど、万が一の為に御守を身に着けること。そういう約束で森の中だけなら自由に歩き回れる。


 時々生え変わる僕の鱗もいい材料になる。森で集めた薬草と一緒に持って行くと、お師匠さまはいつも頭を撫でてくれる。

 大きくなったら出て行けと言われるのだろうか。柔らかい掌が僕の髪を梳くたびに、僕の生きる場所はどこでもなく、お師匠さまの傍がいいと心が疼く。

 両親もいない今、僕を守り育ててくれたお師匠さまは家族よりも得難い絆だ。


「レピは物覚えがいいから助かるわ。それにこの綺麗な鱗!使うのがもったいないくらいよ!」


 そうは言っても鎮痛薬やら滋養強壮の薬に混ぜ込んで売っているのは知っている。お師匠さまの薬は良く効くと評判だと、フクロウが教えてくれた。

 粉末を溶かした石鹸は髪やお肌にもいいらしい。材料費はタダなんだからぼろ儲けじゃないか。


「何を言うの!レピの体を健康に保つのはお金がかかるのよ!維持費がかかってるじゃないの」


 ねえ、お師匠さま、僕は裏の畑の薬草と同じ扱いなの?


 ちょっと悲しくなっていたら、お師匠さまはとてもいい笑顔で「軽くて丈夫だから防具にも使えるわ」と言った。大して変わらない。

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