ふるえる言葉

 よろず屋的な生業なりわいをしているお師匠さまの実験は多岐に渡る。

 しかし熱中する割に詰めが甘い彼女は、仕上げの際になぜか指を鳴らすことに拘っていて、毎日のように大小様々な爆発事故を起こしている。


「指で済むなら簡単でいいじゃないの!」というのが彼女の言い分だ。

 この前なんか夕飯を作っている時にその悪癖が出て、危うく台所が吹き飛ぶところだった。

 いくら丈夫で長寿な竜種と魔女といえども、防御の魔法が掛かっていなければ、命まで危うい。


 結界の中とはいえ、こんなに爆発ばかり起こしていて、近隣の町や村から苦情は来ないのだろうか。


「まあ、いいのよ。私は町に通う時はお祭り用の花火も卸してるから」


 町中では危険なので、敢えて禁忌の森の付近に住み、花火を作っている、という設定らしい。それに怖い魔女が巻き込まれて吹っ飛んでも悲しむ人はいない。

 薬も作っているし、武具や防具、護符なんかも作っていて、本当に何でもやるなと思う。

 職業によってその都度姿を変えてたら、それこそ面倒なんじゃないのかな。

 例の噂があるから、誰も森には近づかないけど、正体がバレたらバレたで厄介ごとは多いのかもしれない。



 その日、僕は裏庭の薬草園で考えていた。お師匠さまは実験に熱中しているようだけど、そろそろお昼時だから御飯を作って食べさせなくちゃいけない。

 僕に手がかからなくなったら、放っておくといつまで経っても作業場から出てこない。御飯を食べさせて、汚れた服を着替えさせ、寝床に放り込むのも僕の仕事。

 これじゃどっちが子供なんだか。いつの間にか立場は逆転してる。


 何を作ろうか考えていた僕は、後ろから近づく足音に気付かなかった。


「たまげたね。話は聞いちゃいたが実際この目で見るまでは信じられなかったよ」


 声を掛けられて、初めて気づいて振り返る。お師匠さまの結界も罠も越えて、ここまで来られるなんて何者だろう。


 面白そうに僕を見下ろす男はの背は高く、雄牛のようにガッチリとしている。軽そうな革のブーツを履き、焦げ茶の巻き毛の上には旅人の丸いフェルト帽、手には捻じれた太い杖。捻じれに沿うように彫られた意匠は二匹の蛇。

 少し垂れた茶色の目は好奇心に溢れ、大きめの口元からは白い歯がこぼれていた。そうは言っても髭だかモミアゲだか判別のつかない顎の辺りはよく見えない。


 誰何すいかの声は出るはずもなく、堰き止められた小川の水のように喉で止まる。僕は視線だけで「誰?」と問う。


「オレは、あんたの養い親の友達。『爆散の魔女』は居るかい?」


 初めて森の奥で出会った男、初めて聞く、お師匠さまの通り名。


 大型の魔物の前に立ち竦む小鹿ように、震えて動けない僕の背後で、大きな爆発音が鳴り響いた。

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