なづけの言葉

「騙された!!」


 お師匠さまは激怒していた。髪を逆立て、それこそ炎のように怒っていた。

 竜の体から出るものは、確かに薬や道具になるかもしれなかったが、彼女が欲しいのは火薬の材料らしかった。


「孵らないって言ってたのに、あの詐欺師!もっと強力な呪いをかけてやればよかったわ!」


 多分、男は炎竜の卵だとかなんとか言って売りつけたんだろう。僕が出た後の卵の殻は、赤く塗ってあって、ところどころ塗装が剥げていた。


 幸い、お師匠さまは外見に似合わずお酒にもおかしなまじないにも強かったらしく、再び僕を盗み出そうとしていた男に「足の小指がずっと痒くてたまらない上に掻こうとするとその痒みが全身逃げ回る」という変な魔法をかけて追い払っていた。

 偉大な魔女にしてはずいぶんと間抜けでお優しい。


「でも困ったわねえ。生きてるなら殻くらいしか使い途がない。生き物の命を無駄に奪うのは嫌だし……それに子育ての経験はないのよ。森の魔物は勝手に大きくなるものねえ」


 殻から出てまだぼんやりしてた僕の前に座り込み、お師匠さまは首を傾げた。燃えるように紅く長い癖毛が、丸くて健康そうな頬に乱れ落ちる。


「ねえ、お前、赤ん坊にしては大きいみたいだけど、竜人?竜人よね?こんなもんだったかしら?久しく見てないから覚えてないわ。いくつなの?」


 今日が100年めだったのか。

 殻から出たばかりで、この世に生まれ出た年齢で言ったら赤ん坊だけど、あの時の精霊の言葉を信じるなら、100年は経っているはず。

 それでも長寿らしい僕らにしたら、100歳なんて多分まだ子供だろうと思われる。

 なんと言っていいか分からないし、どっちにしろ声は悪い魔女に奪われて出てこない。


「それに嫌な気配がするわ。お前呪われてるの?声も出ないのね。ますます面倒……」


 形の良い眉をしかめる彼女が立ち上がろうとするので、捨てられるのかと焦った僕は、咄嗟に緑色のワンピースの裾を掴んだ。

 そんなつもりはなかったのに、悲しくてじわじわと視界が涙で滲む。お師匠さまは、ちょっと笑って僕の頭を優しく撫でた。


「ここに居たいの?大丈夫よ、面倒くさいが私の口癖なの。服を持ってきてあげる。お湯が嫌じゃないならお風呂にも入りましょ」


 あの法螺吹き男が卵を包んできたと思しき派手で仰々しい布に、とりあえず裸のままの僕を包んだお師匠さまは、よっこらしょとばかりに僕を抱え上げた。

 目の高さが合って、お師匠さまの綺麗な翠色の瞳が僕を覗き込んだ。


「綺麗な子。竜種は美人ぞろいってホントだったのね。この白い肌も髪も絹みたいな手触りが素敵だわ。透き通った紅いお目目も可愛いし、胸の鱗も真珠みたいにピカピカじゃない」


 その時、僕は自分の外見を初めて知った。生まれる前に聞いた色、青い瞳と金色の髪は本当に奪われてしまったらしい。

 それでも、お師匠さまが嬉しそうに手放しで褒めてくれたので、僕はそんなにショックを受けずに済んだ。


「そうだわ、ここで暮らすなら名前を決めなくちゃ。さすがに『お前』じゃ可哀そうよね」


 弾むように歩きながら、お師匠さまが言った。赤い唇を尖らせて、少し考えた後に。


「うん、決めた!今日からお前はピカピカ鱗の『レピ』!」


 得意満面の笑みだったけど、僕は知っていた。レピは鱗って意味だってこと―――そのまんまじゃないか。


 お師匠さまには名づけのセンスがない。

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