うその言葉

 それから何年経ったか月日を数えることは出来なかった。寂しさに浸る間もなく眠れたことは幸いだったのかもしれない。

 無情な朝が来て眩しい昼が過ぎ長い夜を繰り返す。風が吹き、星は巡り、草木が生い茂る。


 長い長い時が過ぎ、次に目覚めると、ガタガタと揺れる箱の中に僕はいた。どうやら誰かが僕を持ち運んでいるようだ。何かに包まれているようで、視界は暗い。

 上機嫌に独り言ちる男のダミ声が聞こえる。


「こいつぁ掘り出しもんだ。こんなでかい卵なんて滅多にお目にかかれるもんじゃねえ。さぁて、どいつに売りつけてやろうかな」


 男は鼻歌を歌いながら、荷馬車を走らせているようだ。外に出たことはないから、前にお話の中で聞いた荷馬車なんだろうと推測しただけだけど、それは間違ってないようだった。

 変容の魔女は僕の脳味噌や心までは奪わなかったらしい。これからどうなるのか不安がない訳ではなかったが、たいていの竜種は人間や魔物よりも強いと聞いていたので、そこまで心配してなかった。

 どうせ100年経つまでは、この殻は破れない。

 

 男は行く先々で法螺を吹いた。

 ある時は旅の占い師、この奇跡の卵の声を聞けば、どんな未来もお見通し!

 ある時は冒険者、天にも届く山を登り、地獄のような谷をくだり、今は途絶えた竜人の血脈を見つけ出した!

 ある時は流れの医術師、この卵の殻を煎じて飲めば、どんな病気も快癒する万能の霊薬となる!


 そんな馬鹿な、と僕は思ったが、中には信じる人もいるようで、大枚はたいて買い取る金持ちに売りつけては、商談がまとまって油断した相手に気前よく酒を飲ませ酔い潰して、また僕を盗み出してトンズラするのが常だった。もちろん酒代は払わない。


「相棒、今夜もたっぷり稼がせてもらったぜ!ありがとな!」

 

 したくもないのに犯罪の片棒を担がされて、溜息がつけるならついていたところだ。律儀に礼を言って布で僕の殻を拭いてくれているようだが、有難くもない。


 大急ぎで逃げる荷馬車があまりにガタガタ揺れるので、気分が悪くなった僕の意識は幾度となく暗闇に吸い込まれた。


 そうやって、何度かめのでっち上げの末、僕はお師匠さまに出会った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る