第十六話 ~彼女と過ごす一日目・北島家のお風呂で裸のお付き合いをする事になりました~

 第十六話




「優美さん!!ハンバーグ、めちゃくちゃ美味しいですね!!」


 優美さんお手製のハンバーグを一口食べた俺は、思わずそう言った。


 箸を入れた瞬間に割れ目からは肉汁が溢れ、噛み締めるごとに肉の旨みが口いっぱいに広がる。

 白米をかきこむ手が止まらない。


 何杯でもご飯が食べれそうだった。


「ふふふ。喜んで貰えて嬉しいわ。しっかりとハンバーグのたねを寝かせるのがポイントなのよ」

「なるほど。その……優美さん、もし良かったらレシピを教えて貰ってもいいですか!?」


 と、美鈴が優美さんにレシピを聞いていた。


「ふふふ。良いわよ。食事が終わったら私のところに来てね、美鈴ちゃん」

「はい!!」


 なんてやり取りを見ながら俺は言う。


「いやーこれだけ美味しいお肉を食べてたら、永久さんがお肉好きになるのもわかりますね!!」

「き、霧都くん!?」


 突然話題を向けられて、永久さんは驚いたように声を上げる。


「あはは。永久のお肉好きは筋金入りだからね。もう少し野菜も食べて欲しいと思うけどね」

「野菜も食べてるよ!!しっかりと火が通った玉ねぎとかは大好きだよ」


 シャキシャキの玉ねぎはちょっと苦手だけど……


 なんて言う永久さん。

 彼女の普段見れない一面を沢山見れて、俺はとても満足だった。


 そして、和気あいあいとした会話をしながら、夕食の時間は進み……


「ご馳走さまでした。優美さん」

「とても美味しかったです!!ご馳走さまでした!!」

「ご馳走さまでした。お母さん」


 俺たちは大満足でお腹いっぱいになった。


「ふふふ。お粗末さまでした。美味しそうに食べてくれてこっちも嬉しかったわ」


 そう言って優美さんは俺たちを見て笑ってくれた。


 食べ終わった食器は流し台の中に入れて、水で軽く油を落としておいた。

 こうすると後で洗い物が楽になる。

 当然の配慮だ。


「ありがとう、三人とも。そうして貰えると助かるわー」

「あはは。当然ですよ。美鈴にも良く言われてますからね」


 と代表して俺が答えた。




 そして、お腹も落ち着いてきた頃。そろそろお風呂に入ろうか。と言う時間になった。


 一番風呂は当然雄平さんだろう。

 俺はどのタイミングで入ろうかな……なんて考えていると、


「よし、霧都くん。裸の付き合いといこうじゃないか!!」

「はい!?」


 雄平さんがいきなり俺を風呂に誘ってきた。


「野球部で鍛えてきた君の身体を見せてもらおうか!!」


 ニコニコしながらそんなことを言ってくる雄平さん。

 まぁ、腹筋は割れてるし、走り込みをしていた時には太ももや尻もでかかった。修学旅行やプールの時間とかで他人に見られても恥ずかしくないような仕上がりにはしてる。

 そして、それは維持出来てると自負してる。


「あはは……そんな大したもんじゃないですよ……」


 と、俺は一つ謙遜を入れておく。


「あらあら。お父さんはすこしお腹が出てきてるけど、鍛えてる霧都くんと並んで恥ずかしくないのかしら?」

「お、お母さん……僕のことは良いじゃないか……」


 雄平さんは一つ咳払いをすると、俺の方を向く。


「それで、どうだろうか?我が家の風呂場はこだわっていてね。大人二人でも入れる広さなんだよ」

「マジですか!?それは凄いですね!!」


 俺の言葉に雄平さんはドヤ顔で答える。


「家の中で一箇所だけ好きにして良いよ。とお母さんから言われていてね。僕が選んだのがお風呂だったわけさ」

「はぁ……あの時のお父さんの目を見たら、何も言えなかったわ……」


 と、優美さんは少しだけ呆れたように呟いていた。


「そのくらい広いのでしたら、お供しますよ雄平さん」


 俺は笑顔でそう言う。

 義理のお父さんになる人の誘いだ。断るのも失礼だろう。


「本当かい!?よーしじゃあ裸の付き合いと行こうじゃないか!!」


 嬉しそうにそういう雄平さんに、俺は


「では俺は背中を流させてもらいますね」


 と笑って言った。






『風呂場』



「はぁ……これは凄いですね……」


 こだわっている。と言われているだけあって、北島家のお風呂場はとんでもない出来だった。

 昨日。永久さんにうちのお風呂を使ってもらったけど、恥ずかしくなってきたくらいだ。


「ふふーん。だろー?浴室の広さはもちろんだが、湯船はかなり大きな檜風呂にしてるから、大人二人が並んで入っても大丈夫なようにしてる。ここだけの話。優美さんと一緒に入ることも何度もあったからね」

「あはは……ラブラブで羨ましいです」


 永久さんが聞いたらどんな顔をするんだろうか……

 両親の『そういうの』は聞きたくない。とは言われているけど。


 俺は少しだけ苦笑いを浮かべながらそう返した。


「さて、雄平さん。お背中流しますよ?」

「お、霧都くん。良いのかな?」

「はい。将来のお義父さんの背中を流させてください」


 俺はボディタオルを片手にそう言う。


「息子に背中を流してもらう。僕は憧れてたんだよね!!」

「あはは。痛かったら言って下さいね?」


 俺はシャワーで雄平さんの背中を濡らしていき、ボディソープを着けたタオルで背中を擦っていく。


 色白だが、広い背中。


 この背中がこの広い家と風呂場。そして、家族二人を支えているんだ。

 俺も負けないような大人にならないとな……


 ゴシゴシと雄平さんの背中を擦りながら俺はそう決意した。


「終わりました」


 俺はシャワーでもう一度雄平さんの背中を流してから、そう言った。


「ありがとう、霧都くん!!上手じゃないか!!」

「あはは。ありがとうございます。大人の方の背中を流すのは初めてじゃないので」


 雅紀さんやうちの親父の背中を流すことは旅行をしてたりした時には何回もあった。


「悔しいね!!霧都くんの背中流し童貞は既に奪われていたとは……っ!!」

「ど、童貞ってそんな……」


 雄平さんはそんなことを言った後に、ボディタオルを要求してきた。


「今度は僕が霧都くんの背中を流してあげよう!!」

「ありがとうございます」


 俺はそう言って雄平さんに背中を向ける。


「ほほぅ……やはり鍛えているだけあってなかなか立派な背中だねぇ」

「筋肉がついてるだけの背中ですよ。雄平さんのような家族を支えてる厚みのある背中には到底及びません」


 本当に。雄平さんだけじゃない。雅紀さんやうちの親父も家族を養っている人間の背中は、筋肉だけじゃない『ナニカ』がしっかりと宿っている。


「あはは。そう言って貰えると嬉しいよ」

「俺も雄平さんに負けないように、家族を支えられる大人になりたいと思います」




 そして、身体を洗い終えた俺と雄平さんは大きな檜風呂に身を沈めた。


「くはぁ……日々の疲れが溶け落ちるよ」

「そうですね……これはたまんないです……」


 全力投球をした疲れがお湯に溶け出ていく。

 これを毎日味わえるのか、北島家は……


「霧都くん。本当に、ありがとう。君には僕も優美さんも頭が上がらないよ」


 雄平さんが、真剣な表情で俺にそう言った。

 きっと……小学生の頃の永久さんのイジメについてだ。


「いえ、当然のことをした迄です」

「だとしてもだよ。あの頃の永久はね、家では普通だったんだ。だから恥ずかしながら、僕も優美さんも気が付く事が出来なかった。でもね、僕が仕事の関係でこの場所に引っ越す事になった時、初めて永久が話してくれたんだ」




 夕飯が終わったあと、居間で引越しのことを永久に説明した時の事だったね。


『お父さんとお母さんには黙ってたけど、私……イジメられてるんだ』

『『え!!??』』


『筆記用具を隠されたり、机の上に落書きされてり、無視されたり……色々されてるんだ』


 ポツリ……ポツリ……と話す永久に僕は言う。


『気が付けなくて……ごめん……』


『なんで言ってくれなかったんだ!!』なんて情けないことを言うつもりは無い。子供のその事に気が付けなかった。

 それが只只情けない!!


『でもね、安心して。学校では私のことを助けてくれる男の子が居るの』

『『……え?』』


 その子の名前を言う永久は、まさに恋する女の子と言ったように、頬を赤く染めていた。


『桜井霧都くん。隠された筆記用具を探してくれたり、机の上の落書きを消してくれたり、無視されてる私には話しかけてくれるし、イジメなんて情けないことを辞めろって皆に言ってくれてるの。私の……ヒーローなんだ』


『彼が居るから、私は平気だった……我慢出来た……家でも……普通で居られた……』


 そう言うと、永久の目から涙が流れ落ちる。


『でも……私が引っ越したら……今度は桜井くんがイジメられちゃうかもしれない……それがヤダ……』

『……永久』


 この子は……イジメられてる現状から抜け出せる引越しを喜ぶのでは無く、引越しによってイジメのターゲットが彼に変わってしまうことを憂いているんだ。

 なんて……なんて優しい子に育ってくれたんだ……


『引越しは……いつなのかな?』

『来月だよ。学校も転校になるんだ』


 僕の言葉に、永久は寂しそうに笑った。


『うん……わかった』

『桜井くんには、伝えるのかい?』


 僕のその言葉に、永久は首を横に振った。


『ううん。言わない。クラスの誰にも言わないよ』

『……そうか』


 そして、永久は僕に言ったんだ。


『私はね、桜井くんが大好き。優しくてカッコよくてそんな彼とずっと一緒に居たい』


『でも、今の私じゃそんな桜井くんの隣に相応しくない。だから次会った時には彼がびっくりして、私だとわからないくらいの魅力的な女の子になってみせる』


『今の私は桜井くんにいっぱい助けてもらった。だけど今度は私が彼を助けてあげるような人になりたい』


『永久なら……なれるよ』


 僕はそう言って彼女に笑いかけた。


『うん!!私、頑張るね!!』


 そう言って笑った永久はね、世界で一番可愛い女の子だと思ったよ。


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