第十四話 ~彼女と過ごす一日目・彼女と一緒に実家に帰り、妹に事情を話しました~

 第十四話





「武藤先輩……負けず嫌い過ぎなんじゃ無いかな……」


 ユニフォームから着替え、グラウンドを後にした俺は少しだけ肩を落としながらそう呟いた。


「あはは。やっぱり、先輩としての威厳は保ちたかったんだと思いますよ?」


 そう言って笑う永久さん。

 良かった。俺のあの盛大な負けっぷりを見ても失望はしなかったようだ。





『おい、桜井!!まだ勝負は終わってねぇぞ!!』


 見逃し三振をした武藤先輩は俺に向かってそんなことを言ってきた。


『も、もう一打席ですか!?』


 流石に次は抑えられないと思うし、ホームランを打たれる予感しか無い。

 そういう俺に、武藤先輩は


『今度は俺が投げる番だ!!お前が打席に立て!!』

『ま、マジですか!?』


 そして、やはりとんとん拍子に話は進み……


『どうしてこうなった……』


 武藤先輩のヘルメットとバットを借りて俺は左打席に立つ。


 マウンド上には制服姿だが、マイグローブを嵌めた武藤先輩が立っている。


『変化球は投げない!!ストレートだけで勝負してやる!!』


 と、武藤先輩はニヤリと笑って俺に言った。


 コントロールは大雑把だが、ストレートは軽く150kmを超え、スプリットとスライダーが持ち球の先輩。

 だが、中学を卒業したばかりの人間が150kmなんか打てるはずもなく……


 ズドン!!

 ズドン!!!!

 ズドン!!!!!!


 と、ど真ん中のストレート三つで空振り三振となった……

 かすりもしねぇよ……

 百回振ったって前に飛ぶ気がしない……


『お、大人気無さすぎですよ!!武藤先輩!!こんなん、打てるわけないでしょ!!』

『うるせぇ!!負けたままでいられるか!!』


 金属バットを地面に叩き付け、俺は武藤先輩に抗議した。

 だが、そんな俺の抗議も何処吹く風。武藤先輩は負けず嫌いっぷりを遺憾無く発揮していた。


『まぁ、桜井。これで一勝一敗だな!!』

『そ、そうですね……』


 俺は苦笑いを浮かべながらそう返した。


『それで、桜井。名前だけの幽霊じゃなくて、本気で野球をやらないか?お前なら今の時点ですら二番手にはなれるし、俺が引退したら確実にエースだぞ?』


 そう言う武藤先輩に、俺は首を横に振る。


『いえ、大変申し訳ありませんが、名前だけにさせて貰えませんか?』

『理由はなんなんだよ?練習が辛そうとか、硬球が怖いとか、そんな情けない理由じゃないんだろ?』


『あはは。聞いたらめちゃくちゃ情けない理由だと思いますよ?』


 俺はそう言うと、永久さんの腕をとって身体を引き寄せる。


『……え、き、霧都くん?』


 驚いて頬を染める永久さん。俺はそんな彼女を片腕で抱いて言う。


『だって、野球部に入ったら彼女と過ごす時間が減ってしまいます。ただでさえ、生徒会まで入ってるんですから』


 そう言う俺に、武藤先輩は盛大に笑った。


『ははは!!それなら仕方ねぇな!!そう言えば悠斗にも同じような台詞で断られたな』

『桐崎先輩もですか……』


 そして、武藤先輩は俺の肩をバンバンと叩いて言った。


『野球部はいつでもお前を待ってる。気が向いたらいつでも来い!!』


 失礼極まりないことを言った俺に、ここまでしてくれるのか……


 俺は武藤先輩の懐の広さを少しだけ感じながら、


『ありがとうございます。時間がある時なら、バッティングピッチャーでも何でもしますよ!!』


 俺はそう笑って言った。





「まぁ……負けず嫌いだけじゃなくて、懐の広さも感じたよね」

「ですね。ですが、本当に良かったんですか?霧都くんなら野球部で活躍出来たと思いますが……」


「あはは。さっきも言ったけどさ、俺にとっての一番の幸せは君との時間なんだ。だから、それが削られるのは耐えられない」

「は、はい……」


 俺の言葉に、彼女は頬を染める。うん。可愛いなぁ。


「でもね、永久さんにカッコイイ所を魅せるため。ってのなら本気でやろうかなと思ってる。今日みたいにね。だから、少しだけ自宅のトレーニングは強度を上げて続けようかな」

「武藤先輩を三振に斬って取った霧都くんはすごくカッコ良かったです!!」


 両手を握りしめて、キラキラした目でこちらを見ている彼女。


「ありがとう。あんな機会はもう無いとは思うけど、何かの拍子にまた全力投球をするかも知れないからね。その時に恥をかかないようにはしようかな」


 なんて話をしていると、


『桜井』


 自宅へと戻って来た。


 隣の凛音の家には人の気配が無かった。


 アイツはどこかに出掛けてるのかな?


 なんて思ったけど、まぁいいか。


 俺は自宅のインターホンを鳴らす。


 ピンポーン


 という音と共に、美鈴の声が聴こえる。


『はーい。あ、お兄ちゃん!!帰って来たんだね!!今開けるねー』


 パタパタパタ……


 と家の中から足音が聞こえてくる。


 そして、


 ガチャリ


 と玄関の扉が開く。


「おかえり、お兄ちゃん、永久さん!!」


 玄関から姿を現した美鈴は、俺たちを満面の笑みで出迎えてくれた。


「ただいま、美鈴」

「ただいま戻りました、美鈴さん」


 俺たちはそう答えて、家のなかへと入っていった。




「え!?私も永久さんの家に呼ばれてるの!?」


 居間へと戻って来た俺たちは、さっそく美鈴に泊まりの話をする。


「多分。しばらくお父さんとお母さんは帰って来ないと思うんだ。だから、この家に美鈴を一人残すのはやっぱり不安なんだよね。でも、一緒に来てくれるなら話は別だからね」


 俺はそう言うと、美鈴に笑いかける。


「向こうの両親も了承してくれてるんだ。だから、あとは美鈴の心次第かな?」

「と、永久さんは良いんですか?」

「はい。もちろんですよ。美鈴さんとはもう少しお話をしたいと思ってましたので」


 美鈴の質問に、永久さんは笑顔で答える。


「そ、そうですか……」


 美鈴は少しだけ思案した後に、


「わ、わかりました。お兄ちゃんと一緒に北島家にお泊まりさせてください!!」


 そう言った。


「はい。お父さんもお母さんも喜ぶと思います」

「ありがとうございます!!それじゃあ私は準備をしてきますね!!お兄ちゃんの分も私がやっておくから心配しないでね!!」


 美鈴はそう言い残すと、着替えとかを用意するために居間を出ていった。


「良く出来た妹さんですよね」

「あはは。本当に美鈴には頭が上がらないよ」


 俺はそう言うと、麦茶を一口飲む。


「明日なんだけどさ。洋服を買いに行くって話だったよね」

「はい。そうです。霧都くんの好みの服装で、次のデートを楽しみたいと思ったので」


 そう。本来なら午前中は洋服を買いに行って、午後は家に呼ぶ予定だったけど、もう顔見せが済んでいるので、家に呼ぶ必要は無い。


 だとするならば、午後は何か別のことに時間を使いたいなぁ。と考えていた。


「午後は何かしたいこととかある?」

「そうですね。もし良ければ、霧都くんの洋服を選びたいとも思っています」

「俺の洋服?」


 首を傾げる俺に、永久さんが微笑む。


「ふふふ。美鈴さんの見立てた洋服も素敵ですけど、やはり霧都くんは私の人ですので、自分の色で染めたいです」


 お互いに選んだ服を着て、デートに行きましょう。


「そ、そうか……うん。悪くないと思うよ」


 偶に、深い愛を感じることがあるけど、これもまた彼女の魅力だと思うんだよな。


 俺はそんなことを思いながら、コップの中の麦茶を飲み干した。

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