第三話 ~北島さんを家に泊めることになりました~

 第三話




「ど、どうして……ここに?」


 俺はスマホに話したらいいのか、目の前の彼女に話したらいいのか、わからないまま声を出す。


 ピッ。という音と共に、通話が切れると、北島さんは小首を傾げ、俺の方へと歩いて来た。


「先程。メッセージを送ったと思いますが?」

「……メッセージ」

「はい。『待ってます』と『どんなに遅くても待ってます』と。それに、先程『家の前』に居ます。とお伝えしましたが?」


 そ、それは『電話』を『自宅の前』で待ってるんじゃなかったんですか……


「ふふふ……私は電話では無く、桜井くんの口からお話を聞きたいと思ってましたので。それに……」

「……っ!!」


 スッと近づいて来た北島さんは、俺の身体に身を寄せる。


「こんなに南野さんの匂いをさせてるあなたをそのままにはしておけませんよ?」


 ニコリと嗤う北島さんは、俺に続けた。


「家に上がっても平気ですか?」

「う、うん。大丈夫だよ」


 俺は彼女を家の中へと案内した。






「突然で申し訳ないのですが、今日は桜井くんのお家に泊まろうと思ってます」

「え!?」


 居間へと案内して、麦茶を彼女に出す。そして、それを一口飲んだ北島さんからそんなセリフが聞こえてきた。

 そ、その荷物は『泊まり』を想定しての荷物なのか!?


 な、なんで!!??


「南野さんとは、たっぷりとお楽しみだったんですよね?」

「…………」


 ニコリと笑う北島さん。目だけが笑ってない。


「ずっと……ずっと……ずっと……あなたからの連絡をお待ちしておりました。なかなか連絡をいただけないので、こうしてお伺いをした次第です」

「す、すみません……」


「何に対しての謝罪でしょうか?ふふふ。仲良直りしたことでしたら、謝らなくて良いですよ?だって、南野さんとのことは私がお願いしたことですから。問題はその後ですね」

「そ、その後……」


「仲直りをしたあと、桜井くんは南野さんと『何をしていましたか?』」

「……っ!!」


 い、今の状態の彼女に、凛音と添い寝してました。なんて言えるのか!?下心なんか無いし、変なこともしてない。でも、これを話すには……


「あぁ……桜井くん。隠さないでくださいね?私、嘘は嫌いです」

「…………添い寝を……してました」


 俺のその言葉を聞いた北島さんは、怒るどころかほほ笑みを浮かべた。

 な、なんで……


「本当に……本当に、仲がよろしいんですね?十年来の幼馴染だと、そのくらいは日常茶飯事なのですね。羨ましいです」

「……い、いや日常茶飯事では……」


「桜井くん?」

「は、はい!!」


 北島さんは薄く嗤いながら俺に言う。


「私には、幼馴染なんて居ませんし、あなた以外に仲の良い異性なんて居ません。ですが、もしあなたが学校で勉学に励んでるときに、私が異性と添い寝をしていました。なんて言われたらどう思いますか?」

「……っ!!!!」


 そ、そいつを亡き者にしてやりたいと思ってしまう。


「……ふふふ、桜井くん。自分がどれだけ罪深いことをしたか、おわかりですか?」

「……す、すみません……」


 か、考えが甘かった……

 あの時は、何がなんでも凛音からの誘いは断るべきだったんだ……

 そして、すぐにでも彼女に連絡をするべきだった……


「でも、ですね。桜井くん。私はあなたの事が大大だーい好きですから『一度だけ』なら許してあげますよ」

「……あ、ありがとう……ございます」


「ですが、タダでは許してあげませんよ?これでも私はとても怒っているんですから」


 彼女はニコリと嗤いながらそう言うと、持ってきたバックを指さした。


「二日分の荷物を用意してきました。あなたが南野さんと添い寝をした時間の二倍の時間。私と寝てくださいね?」


 ま、マジかよ……凛音ならともかく、北島さんとベッドを共にして理性を保つとか……


 そんな俺に、彼女は笑みを浮かべる。


「桜井くんの心配してることはわかります。ですので、私はこちらを用意してあります」


 そう言って彼女は紙袋を渡してきた。

 中身を見ると、


『0.01mm』


「……っ!!」

「ふふふ。少しだけ買うのは恥ずかしかったんですよ?」


 少しだけ頬を赤く染めながら、彼女は恥ずかしそうにそう言った。


 これの『使い道』がわからないような子供じゃない。

 彼女からこれを渡されることの意味……


「あぁ、そうです。桜井くん。私個人としてはそれを使わなくても良いと思ってます」

「つ、使わなくても……良い」


 つまり、そういう事を望んではいない。という意味……では無かった……


「出来てしまっても構いませんよ?」

「……っ!!」


 驚く俺を、彼女は笑った。


「ふふふ。冗談ですよ?驚きましたか?」

「……はい」


 彼女は満足したように、麦茶をもう一口飲んでから言う。


「シャワーをお借りしても良いですか?」

「……え?」


 い、今の話題の後に、それを持ってくるのか……


「学校から帰宅して、その後すぐに支度をしてこちらに来ました。多少汗もかいています。身体を清めたいと思ってます」

「あ……はい」


 そ、そうだ。泊まるってのは本気なんだ……

 そして、今夜はこの子と俺は……寝るのか……


 俺は彼女をお風呂場へと案内する。

 毎日掃除をしてるから綺麗だと思ってる。


「案内ありがとうございます。それではお借りします」

「……その、美鈴が使ってるやつは見ればわかると思うから、それを使ってもらって構わないよ。多分、男性用より肌には合うと思うから」

「お気遣いありがとうございます。明日、妹さんにはご挨拶と一緒にお借りしました。とお話をさせてもらいますね」

「そ、そうだね。まぁ、勝手に使っても怒られたりとかはないんだけどね……」


 そう言って脱衣所を後にしようとする俺に、彼女はパチンとウインクを飛ばして言った。


「覗いてもいいですよ?」

「そこは覗いちゃダメですよ?じゃないんですかね!?」


 俺のその言葉に、彼女は笑っていた。


「ふふふ。楽しいですね、桜井くん」

「……はい」





 そして、居間へと戻った俺の耳には、北島さんの鼻歌と、シャワーの音がしっかりと届いていたのだった。

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