第十二話 ~美鈴が居なかったら俺はどうなっていたかわからなかった~

 第十二話




 ガチャリ


 カギのかかった玄関の扉を開ける。


 どれだけの時間。外に居たのだろうか……


 一分かも知れない。十分かも知れない。三十分……一時間は無いな……


 あはは……時間の感覚が曖昧だ……


「お兄ちゃんおかえり!!もー!!遅いから心配し…………え」

「……ただいま、美鈴」


 俺は出迎えてくれた美鈴に笑いかける。

 ……笑えてるかな。


「……ど、どうしたのお兄ちゃん。ずぶ濡れだよ……」

「凛音の家に行って来て、帰って来たところだよ」

「り、凛音ちゃんの家って……すぐ隣りじゃん。なんでそんなことに……」


 俺は靴を脱いで、家に上がる。


 靴の中までびっしょりだ。床を踏むと足跡が残る。


 そして、廊下を歩こうとしたところで……転んだ。


 ズダン!!と俺のでかい図体が廊下に転がる。


 良かった……美鈴を巻き込んでたら俺は罪悪感で死んでたかもしれない。


「う、嘘でしょ!!お兄ちゃん!!大丈夫!!??」


 心配して駆け寄る美鈴に、俺は言う。


「……大丈夫じゃないかな」

「……っ!!」


 俺のその様子に、美鈴は何かを察したのか。俺に聞いてきた。


「凛音ちゃんと、何があったの?」

「……あまり良い話じゃないよ。それでもいいか?」


 俺のその言葉に、美鈴は首を縦に振った。


 話そう。全部を。その後に、美鈴が凛音を嫌いにならないで欲しいとだけは、思うけど……






 濡れた制服を脱ぎ捨て、軽くシャワーを浴びた後に、俺は美鈴が用意してくれた下着とパジャマに身を包む。


 居間へと向かうと、美鈴が飲み物を用意してくれていた。


「はい。温かいレモネード。あんなずぶ濡れになるまで外に居たんでしょ?風邪引かないようにしないとだからね」

「ありがとう、美鈴」


 俺は椅子に座って、レモネードを一口飲む。

 温かい……


 ポタリ……と涙が机の上に落ちた。


 ダメだ。涙腺が緩い……



「ごめんな……こんな情けない男で……」

「いいよ。お兄ちゃん」

「……え?」


 高校生にもなって、涙を流すみっともない男を、美鈴は優しく許してくれた。


「辛い時は泣いていいよ。私の前で泣いてくれるのは、信頼してくれてるからだって思える。嬉しいよ、お兄ちゃん」

「……そうか。ありがとう、美鈴」


 俺はその言葉で、救われた。


「…………凛音に、振られたんだ」

「…………うん」


 ゆっくりと、俺は美鈴に話を始めた。


「最初に言われたんだ。俺は幼馴染じゃなくて『家族』だってな」

「うん。私も言われたよ、凛音ちゃんに。お兄ちゃんは『大切な家族』だって」


 大切な……家族


 そうだよな。血の繋がった『弟』だと思ってるならそうなるよな……


「その『家族』がさ、『旦那』や『夫』なら俺もまだ見込みがあるって思えたんだ。頑張れたんだ。希望が持てたんだ……」

「……うん。でも、違ったんだね」


 その言葉に、俺は首を縦に振った。

 そして、美鈴に言う。


「あいつにとっての俺は『出来の悪い弟』だったみたいだ」

「…………っ!!」


 バン!!!!


 と美鈴はテーブルを叩いて立ち上がる。


「どこに行くつもりだ?」

「凛音ちゃんに会いに行く!!」


 本気で言ってそうだから、俺は止めた。


「やめてくれ」

「なんで!!私は納得出来ない!!」


 こんなに怒ってる美鈴は初めて見た。


「俺はお前に凛音を嫌いになって貰いたくない」


 その言葉に、美鈴は諦めたように椅子に座る。


「バカだよ……優しすぎだよ……お兄ちゃん……」

「ごめんな。でも、本心なんだ」


 俺は美鈴に続けた。


「こんなバカでさ、情けなくて、カッコ悪くて、最低な男だけどさ、こんな俺を、好きだって言ってくれた女の子が居るんだ」


「…………え?」


 俺のその言葉に、美鈴が口を開ける。


「小学五年生の頃。虐められてた女の子を助けたんだ。筆記用具を隠されたり、体操着に落書きされたり。見てられなかった。見て見ぬふりなんか出来なかった。だからそんなことは辞めろって助けに走ったんだ」

「……うん」


「その子はその後、引越しの絡みで転校したんだ。その代わりに俺がいじめられそうなのを、凛音がブチ切れて殴り込んできたんだよね。それで有耶無耶(うやむや)になった」

「そのことは知ってるよ。お兄ちゃんがいじめられそうだ!!って凛音ちゃんが叫んでたのは有名だよ」


『弟』がいじめられそうだ。なんてのは『姉』としては許せなかったんだろうな……

 今ならなんで殴り込んで来たのか良くわかるよ。


「その時に助けた女の子が、北島永久さんって言うんだ。その子に今日、再会した」

「…………うそ」


 目を丸くする美鈴に俺は続ける。


「同じ海皇高校に進学してたみたいでな。クラスも一緒で席も隣だよ。そんな北島さんに言われたんだ」


『小学生の頃から、今日に至るまで、あなたの事を忘れた日はありません。愛が重いと言われるかも知れませんが、これが私です』


『北島永久は桜井霧都くんを心から愛しています。私をあなたの彼女にしてください』


「……凛音に振られた次の日にそんな告白をされたんだ」

「……………………」


 黙り込む美鈴。俺はそんな妹に問いかける。


「北島さんと恋愛をするのは『不誠実』かな?」

「……え?」


 顔を上げる美鈴に続ける。


「別にすぐに恋人になるとかじゃない。でもさ、凛音に振られた翌日に、めちゃくちゃ可愛い女の子に告白されて、その子と恋人になるのを前提に恋愛をしようとするのは、不誠……」

「不誠実じゃない!!!!」

「…………美鈴」


 予想外に大きな声に、俺は驚く。


「絶対に不誠実じゃない!!もし今のお兄ちゃんに対してそんなことを言うやつがいるなら、私は絶対に許さない!!」

「美鈴……」


「…………私は、お兄ちゃんが好きだよ」

「…………え?」


 美鈴はそう言うと、フワリと笑った。


「血が繋がってなかったら、結婚してたよ。そのくらい好き。でもさ、私は妹だからお兄ちゃんとは結婚出来ない」

「昔は良く言ってたよな。お兄ちゃんと結婚する。って」


 俺は笑いながらそう言う。


「今度。北島さんを連れて来て」

「うん。わかった」


 俺は美鈴の言葉に首を縦に振る。


「私の代わりにお兄ちゃんと結婚して良い女か、見定めてあげるから」


 美鈴はそう言うと、ニコリと笑った。


「恋愛しなよ、お兄ちゃん。その北島さんと」

「いいのかな?」

「もちろんだよ。それでさ、凛音ちゃんに後悔させてやるんだ」

「後悔?」


 俺の言葉に美鈴は頷く。


「逃した魚はでかかった!!お兄ちゃんを恋人にしなかったのは間違いだった!!今更後悔したってもう遅いんだ!!そう思わせてやればいい!!」

「あはは。そうだね、あいつが後悔するくらいの、良い男になるよ」


 俺のその言葉に、美鈴は笑う。


「なに言ってんのよお兄ちゃん!!」

「え?」




「私のお兄ちゃんは世界で一番かっこよくて、最高の男だよ!!」



 その言葉に、俺はもう何回目かわからないくらいに、涙を流してしまった。




 ありがとう、美鈴。


 お前が居てくれて本当に良かった……


 俺、北島永久さんと……恋愛、するよ。

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