第十一話 ~ゲームセンターの後は凛音と話をして、家族の意味を知りました……~

 第十一話




「いやー楽しかったね!!」

「はい、私もすごく楽しかったです!!」

「私も久しぶりに熱くなったわ」


 と、ゲームセンターを後にした俺たちは口々に感想を言っていた。


「俺はこの『ハーレム野郎参上!!』ってのが気になるんだけど……」


 最後に四人で撮ったプリクラのらくがきには、俺の顔にそんな言葉が書かれていた。


 書いたのは凛音……では無く、桐崎さんだ。


「こんなに可愛い女の子たちと食事してゲームセンターで遊んでプリクラ撮ったんだから、とんだハーレム野郎だよね」


 と、桐崎さんは笑って言っていた。


 まぁ、この状況だけ見たらとんだハーレム野郎だよな。

 メインヒロインには振られてるけど。


「そろそろ解散にしようか。空も暗くなってきたからね」


 そう言って俺は空を見上げる。


 時刻は十七時。空は少しだけ暗くなり始めていた。


「電車で帰る二人はこれより遅くなると満員電車になると思う。流石に心配だからさ」


 よからぬ事をする男というのはいる。

 そいつが悪いのはもちろんだが、遭遇しないための努力。というのは必要だと思う。ふざけるな。とは思うけど。


「うん。あまり遅くなるとおにぃも心配するだろうからね!!また明日!!」

「はい。今日は貴重な経験をありがとうございます。また明日からよろしくお願いします」


 そう言って二人は駅の方へと歩いて行った。


 はぁ……疲れたな。


 やっぱりあれだけ可愛い女の子と一緒に居るってのは少し緊張してたみたいだ。


「……で、霧都。忘れてないわよね?」


 二人が見えなくなった所で、凛音が俺を上目遣いで睨んでくる。


 ……あぁ、入学式の前に言ってたやつか。


「お前の家に行くって話だろ。忘れてないよ」


 ため息を吐きながら俺はそう答えた。


「私のことを『ただの幼馴染だ』なんて言った意味を聞かせてもらうから」


 あぁ、なるほど。その事だったんだな。

 なら俺も聞かないとな。

『家族』って一体何なんだよ。ってな。





 自転車で走ること二十分。


 俺たちは自分の家に帰ってきた。

 その間はお互いに会話は無く、無言だった。


 話すことは家の中で。ということなんだろうな。


「今日は親の帰りが遅いのよ。だから両親のことは気にしないで話をしなさい」

「はいはい。俺も親の帰りが遅いみたい。と言うか、両親揃って缶詰めみたいだからな。今日は俺と美鈴だけだ」


 そんな会話をしてから、俺は凛音の家に上がる。


 同じ建て売りの家なので、間取りは一緒。

 そもそも何年も一緒に過ごしてきたんだ。

 目を瞑ってたって歩けるレベルだ。



 居間へと歩いて行くと、凛音が冷蔵庫から麦茶を出して、コップに注いでからきた。


 俺の分は冷蔵庫の外にある麦茶のペットボトルだ。


 凛音の両親も俺の口内環境のことは知ってるので、俺が来たとき用の飲み物が常備されている。

 そんな所からも、幼稚園から『家族同然』の暮らしをしてきたというのがわかる。

 だが、『家族同然』と『家族』では違いがある。


 もしかしたら、それが俺の『振られた理由』なのかもしれないな。


 なんてことを考えていると、凛音が口を開く。


「まずはアンタの言い分を聞いてあげるわ」


 冷えた麦茶を飲んで、凛音がそう言ってきた。


 俺は麦茶のペットボトルの蓋を開け、一口飲む。


「俺とお前は幼馴染だろ?それ以外になんだって言うんだよ」


 そう。俺はそれが嫌だった。だから、『幼馴染』では無く、『恋人』になろうと思った。


 俺のその言葉に、凛音が昨日と同じ顔をした。


 そう、俺が『恋人になってくれ』と言った時の失望したような顔だ。


「私とアンタは『家族』だと思ってるわ。『幼馴染』なんてちゃちな関係性で呼ばないで」

「なぁ、凛音。その『家族』ってなんなんだよ?家族同然ではあるが、家族では無いだろ」


 俺は自分の疑問を凛音にぶつけた。

 すると、返ってきたのは俺を絶望させる一言だった。


「私はアンタを異性として見た事は無いわ」

「…………は?」


 どういう意味だよ……それ……


「血の繋がった家族と思ってるもの。そんな人を、異性だなんて思えるわけないじゃない」


 俺は、震える声を押さえつけながら、凛音に聞く。


 聞かなければならない。


 まさかとは思うけど……そんなことは無いと思いたいけど……これを聞かないと……


「お、お前にとっての俺って……なんなんだよ……」

「そうね。『出来の悪い弟』みたいなものね。美鈴は『可愛い妹』よ」


 ………………。


 出来の……悪い……弟……


「アンタに作法を仕込んだのも恥をかかせないためよ。私の優しさよ。感謝して欲しいくら……え?」


 ポタリ……


 ポタリ…………


 と、机の上に、俺の涙が落ちていた……


「な、何を泣いて……」


 そうか、ようやくわかったよ……


 お前にとっての俺は、異性なんかじゃない。


 ただの弟だったんだ。


 俺とお前の家には、幼い頃からの写真が入ったアルバムがある。


 同じ写真が入ってるけど、俺にとっては『好きな女の子と撮った写真』でお前にとっては『弟と撮った写真』だったんだな……

 認識が……違ってたんだ……


 あはは……恋人になんか、なれる訳が無い……


「なぁ……凛音……」


「な、なによ……」


 俺は流れる涙を拭うことすらしないまま、凛音に笑いかける。


「……俺は、お前のことを一度だって『家族』なんて目で見た事なんかないよ。俺にとってのお前は、いつだって一人の女の子だった」

「……霧都」


 目を開く凛音に俺は続ける。


 もう、どうでもいいや……

 全部言っちまえ……


「……俺はさ、凛音。『弟』では無くて『恋人』になりたかった。『買い物』じゃなくて『デート』がしたかった。手を繋いで歩いて、腕を組んで歩いて、抱きしめ合って、キスだってしたいと思っていた」


「俺の初めては全部お前だと思っていた。お前の初めても全部俺だと思っていた。恋人になって、結婚して、夫婦になって、二人の暮らしを満喫したら子供を作って、お前と喧嘩とかしながら子育てを頑張って、子供が結婚して家を出て行ったら、また二人で幸せな暮らしをしながら歳をとっていくんだ」


「そうやってヨボヨボの爺さんや婆さんになるまで、お前と一緒にいたいと思っていた。寿命が短いからな、先に死ぬのは俺だと思う。その時に、今まで泣いたことがないお前の初めての涙を見た時に、俺はお前の全ての初めてを手に出来たんだって、満足して死んでいく。そんな生涯を、妄想していた」


「…………き、きりと」


 明らかに動揺してる凛音に、俺は最後の言葉を言う。


「お前が俺に『家族』を望むなら『家族』になるよ。俺はお前の『弟』になってやるよ」


 俺はそう言うと、椅子から立ち上がる。


 そして、凛音に背中を向けて居間の外へと歩く。


「ま、待ちなさい……き、きり……」


「俺は帰るよ。あまり遅くなると、美鈴が心配だから」


 そう言って俺は振り向き、凛音に言う。





「じゃあな凛音『お姉ちゃん』」

「……っ!!」






 俺はそう言い残し、凛音の家を出た。








 朝は快晴だったのに、外はいつの間にか雨だった。


「…………あはは。同じ女に二日連続で振られるとか、どこがハーレム野郎だよ」


 空を向く。


 頬を流れる雫は、雨なのか涙なのか、わからなかった。

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