凛音side ②

 凛音side ②





 霧都が居なくなった居間で、私は少しだけ考え事をしていた。




『じゃあな凛音『お姉ちゃん』』




 アイツの言ったその言葉が、耳から離れない。


 それに、アイツは……泣いていた。


 霧都の涙を見たのは、中学生の頃の夏だったと思うわね。


 中学生最後の夏の大会。

 野球部だったアイツは投手をしていて、ゴムボールを相手の頭に当ててしまった。と試合から帰ってきたあと、自分の家の前で立ち尽くしたまま涙を流していた。


 バスケットボールに比べたらおもちゃみたいなサイズのゴムボールをヘルメット越しに当てた程度で、しかも相手は「気にすんな」と笑ってたらしい。


 何をそんなに気にする必要があるのか?


 私はそんな情けない『弟』は見たくなかったので、叱咤激励してやったと思う。


『何をそんなクヨクヨしてるのよ情けない!!しっかりしなさいよ!!ウジウジしてるアンタはカッコ悪いわよ!!』


 みたいなことを言ったような気がするわね。


 アイツはびっくりしたような目でこっちを見てたけど、その後は笑ってたわね。

 立ち直った。と安心したものよ。


 その後は、野球では無くて勉強を頑張っていたわね。


 私と同じ海皇高校に行くため。ってのはわかったわ。

『姉思いの弟』だと思って嬉しく感じたわ。


 そうしてアイツは夏から一気に学力を伸ばして、滑り込みで高校に受かったわ。

 きっと部活を真面目にこなしていたのも評価されたと思うわね。

 万年一回戦負けの理由は霧都では無く、チームメイトが貧弱過ぎるからだもの。


 そうよ。私はアイツを『正しく評価してる』の。


 あの場では『出来の悪い弟』とは言ったけど、そこそこ優秀な弟だと思ってるわ。


 弟……そう、弟よ。


 私はあいつが言っていた言葉を思い出す



『……俺はさ、凛音。『弟』では無くて『恋人』になりたかった。『買い物』じゃなくて『デート』がしたかった。手を繋いで歩いて、腕を組んで歩いて、抱きしめ合って、キスだってしたいと思っていた』


『俺の初めては全部お前だと思っていた。お前の初めても全部俺だと思っていた。恋人になって、結婚して、夫婦になって、二人の暮らしを満喫したら子供を作って、お前と喧嘩とかしながら子育てを頑張って、子供が結婚して家を出て行ったら、また二人で幸せな暮らしをしながら歳をとっていくんだ』


『そうやってヨボヨボの爺さんや婆さんになるまで、お前と一緒にいたいと思っていた。寿命が短いからな、先に死ぬのは俺だと思う。その時に、今まで泣いたことがないお前の初めての涙を見た時に、俺はお前の全ての初めてを手に出来たんだって、満足して死んでいく。そんな生涯を、妄想していた』


 初めて聞いた、アイツの欲望。


 そんなことを考えていたんだ。と思ったわね。


 多少は驚いたけど、まぁ、不思議と嫌な気分ではなかったわ。





 ふと、アイツとキスをする自分を思い浮かべる。


 ……悪くないと思ってしまったわね。


 アイツ以外の男とキスをするのは、想像どころか思案することすら吐き気がするわね。


 アイツが私以外の女……そうね、北島さん辺りをあてがって見ましょうか……


 ……ムカつくわね。


 そのムカつきが、弟を取られたものなのか、なんなのかはわからない。


 でも、家族の絆に比べたら所詮は恋人なんてものはごっこ遊びとしか思えない。


 もし仮に、北島さんが霧都の彼女になったとしても、


『だから何?私たちは血の繋がった家族よ』


 と言ってやればいい。


 そう思うと、霧都が何故泣いていたのか。全く理解出来ない。


『出来の悪い』と言われた部分がショックだったのかしら?


 まぁ、そうね。せっかく頑張っていたのに『姉』からそんなことを言われたらショックよね。



「はぁ……仕方ないわね。少しはフォローしてあげようかしら」


 私は考え事に一段落を付けると、霧都にメッセージを送ることにした。


『出来の悪い』と言ったことを謝ることにして、『あなたはそこそこ優秀な弟よ。誇りなさい』と送ろうかしら。


 そう考えて、私はスマホを取ると、メッセージが一件。届いていた。


「あら、こんな時間に珍しい。誰かしら……霧都?」


 私はアプリを開いて、メッセージの中身を確認した。


「え…………な、なんで…………」


 そこには、私が目を疑うような言葉が書いてあった。





『明日からは北島永久さんと一緒に登校しようと思う。駅まで彼女を迎えに行くから、凛音とはもう一緒に登校することは無いよ。だから、俺を待ってたりはしなくていいから』



「ど、どういう事よ!!説明しなさい!!」




 説明を求めた私の返信に、霧都からの既読が着くことは……無かった。

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