第21話 丑———ミノタウロス

 校舎の中は古い気の匂いがした。

 ユルギは思いっきり吸い込んだ。

 嫌いじゃない。

 どこか懐かしさを感じる、何かが若干焼けたような匂いもする。

 下駄箱で靴を脱ぐ三人。こういうので性格ははっきりと出てしまう。几帳面な人間はきっちりと揃え、おおざっぱな人間は脱ぎ散らかす。


「あら……」


 意外な結果だった。

 ラビット、イオ共に猪を肩に担いで靴を脱いでいるので、そこまで丁寧には脱げないだろうと言うのはわかっていた。だがイオは両足を使って靴を脱いだ後、足先でちょんちょんと靴を動かして整え、ラビットは踵を靴から外した後、ポンポ~ンと後ろを蹴るように勢いよく靴を射出させ、床に散らばらせた。


「クスッ」

「何笑ってんにゃ?」


 二人の様子を見ていたことをイオに気づかれた。


「……ふふ、いえ、ダメですよ二人とも、ちゃんと脱いだ履物は下駄箱に入れないと」 


 冗談のつもりで、ユルギは自分の靴を適当な靴入れに入れた。


「はぁ? すぐ帰るんだし別にいいにゃ。細かいことを気にする奴だにゃ」


 と、イオは呆れた様子だが、


「…………」


 ラビットは自分の靴とイオの靴を見比べていた。そして、ドサッと猪を置き、無言で自分の靴を下駄箱にしまい始める。


「おいおいラビット。何律儀にしたがってんのにゃ。別にいいだろ誰も気にするものでもないし」


 馬鹿にしたような笑顔を作るイオだったが、


「誰?」


 知らない女の人の声が聞こえた。

 ラビットとイオは声のした方向へゆっくり顔を向ける。



 廊下の奥に———女性が立っていた。 



 セミロングの黒髪に眼鏡をかけた知的な雰囲気を携えている。が、彼女の格好がライダースーツのようにぴっちりとしたスポーティな格好だったので、単純に文化系の人ではなさそうだ。


「ラビットにフェニックス? それに———その子は?」


 ライダースーツの女性は視線を巡らせて確認する。

 眉間にしわが寄っている。

 そして、時計を見る。

 彼女のすぐそばの教室の壁にかけられている壁時計だ。


「まだ二十四時間経っていないけど? これもフェニックスの作戦か何か?」

「あぁ……そうか、殺害予告メール……この島の〝殺し屋〟の人みんなに届いているんですもんね」

「君、やっぱり獅童ユルギだよね?」


 ライダースーツが首をかしげる。


「ボクのことも〝殺し屋〟だってわかっているよね?」

「ラビットさんに聞きましたから、この島には〝殺し屋〟しかいないって」


 あなたボクっ子なんですね……と声に出しかけたか、初対面でそれは失礼過ぎると

思って口を噤んだ。


「イオは私を殺すのを諦めてもらったんです。そして友達になりました。だから一緒にいるんです」

「イオって誰?」


 ああ、そっか〝殺し屋〟はコードネームで呼び合うんだった。


「フェニックスです。イオ・フェニックス」


 にっこりと笑って、イオを手のひらで指し示す。


「……あんたそんな名前だったの?」

「そ、そう名乗っているにゃ。文句あるんかにゃ?」

「別に、でも本当に諦めたの?」

「ああ、これ見ろ! 爆弾だぞ! こんなもの首に付けられたら負けを認めるしかないにゃ!」


 指先で首輪を引っ張るイオ。


「ああ……そういうこと。ラビットが勝ったのね。だけどフェニックスは不死身だから殺せない。放置しておくわけにもいかないから一緒に連れてきているってところね」

「まぁ、大体そんな感じ……」

「で、何しに来たのラビット」


 腕を組んで本題は何だとラビットへ視線を向ける。


「しばらくこの施設の部屋を貸して欲しい。フェニックスの馬鹿が私の家を壊した」

「うん。大体そんなところだと思った。でも、うちらも随分と信用してもらえたものだね。そこのJKうちらで殺していいの?」

「え⁉」

「ダメです。ヘルガさんたちは現状に満足しているでしょう? なら———別に管理人とラットが作った馬鹿なゲームに参加しなくてもいいんじゃないですか?」

「まぁ、少なくともボクには獅童ユルギを殺す理由はないけど……」

「それに、手土産も持ってきています。これは〝ファミリー〟で食べてください」


 廊下に置いた猪を誇らしげに叩くラビット。

 ライダースーツの女性は猪を指さし、


「一頭……二頭……こんなに食べられないよ……三人しかいないし、ボクは一日500kg以上食べないし」

「えぇ⁉ ヘルガさんって小食なんですね!」

「……ボクはヘルガじゃないよ」

「ええ⁉」


 会話の流れからして、完全にヘルガ・ファフニールだと思っていた。



「この人は〝ファミリー〟に所属している〝殺し屋〟で、『ミノタウロス』さんだ」

「『ミノタウロス』……」



 古代ギリシャの牛の怪物の名前。

 ライダースーツを着ている彼女は体のラインがはっきりと出ている。大人の女性らしくグラマラスな体系をしており、そんな怪力の怪物の名前は似つかわしくなかった。


「よろしく獅童ユルギ。短い付き合いになるだろうけど」


 ゆっくりと歩み寄ってきたので、握手を求められていると思っていた。


「あ、そんなこと言わずに……」


 へらへら笑いながら彼女へ手を伸ばすが、スッと横を通り過ぎていった。


「あれ———?」

「それ、ボクが持つよ」


 ミノタウロスは床に置いてある猪と———フェニックスが持っている猪を片手でむんずと掴むと、ヒョイッと頭上まで持ち上げた。


「よっと」


 米俵を担ぐように二頭の猪を両肩に乗せて、腕をまわして固定する。そのままモデルウォークのような軽やかな足取りで廊下の奥へ進んでいく。


「ほぇ……あの体のどこにあれだけの筋肉が……」

「気を付けろにゃあ……ミノタウロスは———多分この島に来ている〝殺し屋〟で最強だ」

「え⁉」

「ああ———だから、言葉には気を付けろよ」


 脅されてキモが冷えた。

 不死身と正義の〝殺し屋〟二人が最強と認める〝殺し屋〟。彼女に先ほどは殺していいのかと尋ねられたのだ。

 もしも———本当に彼女が敵になったら、果たして自分は生き残れるのだろうか。


「まぁ、何とかなるか!」

「え?」

「あ、いや自分に言ったんです」


 そう———何とかなる。

 その言葉はいつもユルギに力を与えてくれる。 

 現に———こうして何とかなっているのだから……。

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