第22話 辰———ファフニール
三階の一番東側の教室——三年一組にミノタウロスは案内した。
「ほぇ……」
「どうした?」
「いえ、別に……」
ユルギがなぜか教室のプレートを見た途端に感嘆の声を上げたのが気になったが、ラビットはひとまずは教室の中へと入っていく。
三年一組の教室の中はまるで———王家の部屋のようだった。
赤い高級カーテンに巨大なソファ。そして金でできたゴブレットが棚に飾ってあり、黄金のイスとテーブルが置かれている。
エアコンもついている。空調も完璧だ。
最高級のホテルのような部屋が古い校舎の一角に作られていた。
「ほえぇ……これは……」
「ハァイ、どうもお嬢さん。気に入ってもらえたかなぁ?」
ソファに座っている女性がユルギに話しかけてくる。
サイドテールにリボンをつけているが、顔立ちは凛々しく中性的で、宝塚女優のような雰囲気と幼げな少女の雰囲気を併せ持つ、不思議な女性だった。
「ヘルガ・ファフニール。お話があってきました」
ラビットがヘルガの前で膝をつく。
「ラビット。わざわざのご足労、痛み入る」
女性———ヘルガもソファから立ち上がり、ラビットの肩に手を添える。
この人が———ヘルガ・ファフニール。
〝殺し屋〟たちをまとめるリーダー……〝正義〟も〝最強〟もこの人に従っている。
「ミノタウロスさんが持っているのが、手土産です。あなたの元に手ぶらで来るわけにはいきませんから」
「そうか! それはわざわざありがとう! 感謝す……!」
ヘルガは一度、猪を見、
「そっかぁ……」
二度見だ。
ヘルガは明らかに二度見していた。
最初に視線を向けた時は笑顔を向けていたが、猪が丸々二頭という驚愕の量に対して、明らかに失望……いや、絶望の表情へ変化していた。
「はい、〝ヘルガファミリー〟でご堪能下さい」
「あ……はい」
ヘルガの態度が———崩れた。
リーダーらしく、上の立場に立つ者らしく振舞おうとしていた様子だった。だが、ラビットのあまりに余計な親切心の前に、その仮面が剥がれてしまった。
やっぱり、猪二頭は多すぎたのだ。
「………う~ん」
ヘルガはあごに手を当て、視線を巡らせ考え込み、ユルギと目が合った。
「獅童ユルギちゃん?」
「あ、はいユルギですけど?」
「どうも! 初めまして、私はヘルガ。このキラーバケーションに参加している人間だけど、一番無害な人間だよ。この島で私は気の許せるみんなと暮らせばいいだけだから、安心して!」
ニコニコと笑いながら、ユルギの手を握りぶんぶん振り回す。
「あ、はい! どうかよろしくお願いします!」
「うん!」
テンション高いなぁ……と思いつつも、好意的に接してきてくれて悪い気はしない。握られる手にこちらも力を込める。
「信用ならんにゃ」
いぶかし気な視線をイオはしていた。
「自分から一番無害な人間なんていう奴が、本当に安全だった試しはないにゃ」
「あら? フェニックス。そんな口きいていいの? この島に来て右も左もわからないあなたにこの島での生き方について教えてやったのはどこの誰だったかにゃ~?」
ニヤニヤと、わざわざフェニックスの口調までマネしている。
イオは顔を赤くし、
「あ、あの時は———! 日本だと思っていたら、無人島でいろいろ困惑していただけで! それに時間が経てばどちらにしろ、私はこの島に適応できていた!」
「はいはい、ねぇユルギちゃん。信じられる? こいつこの島にコスプレしてきてたのよ? けーおんだっけ?」
「馬鹿にすんにゃ! 名作だぞ!」
「作品を馬鹿にしてるんじゃなくてあんたを馬鹿にしてんの。ユルギちゃんは知ってるよね? 日本人だもん」
「は、はい。まぁ……でもそういうヘルガさんだって……」
ヘルガは黒髪で———鼻も低く、アジア系の人種だった。
それに日本語で話しかけてくるものだから、てっきり同じ日本人だと思っていた。
「ああ———私? ワタシニホンジンじゃないよ。日系アメリカ人。親の仕事の関係で世界中を飛び回って、いろんな人と交流しなきゃいけなかったから。必死に勉強したの。こう見えて五か国語喋れんだよ!」
「えぇ⁉ 凄い!」
へへ……といたずらっぽく微笑むヘルガ。
ホッと———安心する。
この人は本当にいい人だ。
ラビットさんも、イオも和気あいあいと話し、気さくな冗談を言って空気を温かくする。
本当に〝殺し屋〟なのか信じられないぐらい明るい人だ。
いわゆる———陽キャってやつなのかな……。
「ハハッ……」
「ん? ユルギちゃん?」
「え⁉ 何です?」
「ちょっと、表情暗いかなぁ……?」
ヘルガがユルギの頬を指でつまみ引っ張る。
「暗い表情していると幸せが逃げちゃうぞ! スマイルスマイル!」
「はがっ、はがっ、ハハハハッ!」
本当に———いい人だ。
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