第18話 悪夢
「これ、面白いな!」
「え?」
イオは目覚めるとスラム街にいた。
いつもみんなでたむろしていた廃ビルの三階一番東側の部屋。なぜかその部屋だけ電気が通っており、窓がないので空調をノンストップでガンガンきかせている。ただ、かなり型が来ており、フォンフォンと凄まじいファンが回っている騒音がいつも響いていた。
そう———懐かしい音が。
部屋の中には———みんながいた。
ガキ大将、そしてみんなの頼れるお兄さんのリーダーのユヒテル。そして、鼻水垂れのカリストも、身長は小さいくせに胸がでかいエウロパも昔の仲間がみんないた。
そして、全員テレビにくぎ付けになっている。
テレビで放送されていたのは日本のアニメの再放送だった。
女子高生が軽音楽部を作って、バンド活動を通して青春を謳歌していくアニメ。
先生や後輩たちと関わっていき、どんどん主人公の世界が広がっていく日本の学校の話。
「うらやましいなぁ……日本人って皆こんな生活をしているのかぁ」
仲間の一人が呟いた。
「うん」
同意してしまった。本当に無意識だったんだと思う。
「そんなことはないだろ」
リーダーが言った。
「ええ? 日本の学校生活って楽しそうじゃん! リーダーも日本に行ってこんな青春を送ってみたいと思うだろ! 楽そうだし、皆優しそうだし!」
カリストが立ち上がり、テレビを叩いた。
「俺たちの生活に比べたら、こいつら恵まれてるよ! 毎日食べるものには困らないし、死ぬ危険もない。俺たちなんかゴキブリが這いまわったパンを食ったり、酔っぱらい親父に気まぐれで殺されかけるなんてざらじゃないか! あぁ~……俺も日本に生まれたかった」
「……イオ。お前もそう思うのか?」」
「え⁉」
いきなり、話題の矛先が降られて、肩が跳ねた。
「お前今、何度も頷いてたぞ?」
「そ、それは……でも、リーダーも思うでしょ? こんなクソみたいな生活、早くやめたいって」
あれ……? この頃の私ってこんなに気弱だったっけ?
もじもじして自分の意見をはっきりと言おうとしないような……こんな自分嫌いだった気がする。
リーダーは目を閉じて頭に手を回し、天を仰いだ。
「俺は、別にいいよ」
「え?」
「お前たちと出会えたから———この生活でいい。この生活がいい。いつまでもお前たちと一緒に生きていけたら、俺はそれで幸せだよ」
「えぇ……」
〇
真っ白い部屋の中に私はいた。
「———え?」
場面が切り替わった。
ああ……理解した。
イオ・フェニックスは夢の中にいる。
さっきはいい夢を———人生最良の夢を見ていた。
そして———今度は悪夢だ。
真っ白い部屋の中には———みんながいた。
「どうして……どうしてこんなことに……」
皆———裸だった。
リーダーのユヒテルもカリストも、みんなみんな……。
スラム街の仲間たちが何もない白い部屋に裸で詰め込まれていた。
皆———ナイフを片手に。
『これから、皆さんには殺し合いをしてもらいます。ルールはありません。一ヶ月。この部屋で皆さんで暮らしてもらう。それだけです、ただ一つ我々からの食料の供給はありません』
スピーカーを通した男性の声が部屋中に響く。
『食料は———自分で確保してください』
何も———何もない部屋だ。
私たちの仲間以外は———何も。
『一か月後に———また会いましょう』
ブツッと音がして切れた。
私たちの顔には———恐怖が張り付いていた。
当時は何が何だかわからなかった。
後から聞かされた。
あれは蟲毒という実験だったらしい。
子供はいくらでもいた。
「学校に通わせてあげるよ」と言われれば、それに逆らえる子供はいない。ボランティア団体を名乗る研究員たちのバスにホイホイ乗せられ、世界中から恵まれない子供たちが実験施設に集められた。
私は———生き残った。
『おめでとう』
真っ白い部屋で喝采を浴びた。
今度は———部屋には誰もいない。
『おめでとう』『おめでとう』『おめでとう』『おめでとう』『おめでとう』『おめでとう』『おめでとう』『おめでとう』『おめでとう』『おめでとう』『おめでとう』『おめでとう』
パチパチパチパチパチパチ!
スピーカー越しにどっかの知らない誰かの祝福の言葉と、喝采を聞き続けた。
————お前たちと出会えたから———この生活でいい。この生活がいい。いつまでもお前たちと一緒に生きていけたら、俺はそれで幸せだよ。
ああ———今、わかったよ。
リーダーのセリフをくさいと思った。
こいつ何言ってんだって思った。
だけど、失って気が付いた。
普通の体も———仲間も———感情も———全て失って気が付いた。
あの時、リーダーは本気で言ってたんだってことに。
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