第17話 爆破

 呆れながらも絶好の機会だと思った。

 爆弾のリモコンさえ確保できれば、こんな縄、時間をかければ解くことができる。さっきはラビットがいるせいで怪しい動きが取れなかったが、ユルギ程度なら変な動きを見せても誤魔化せる。こんな平和ボケした能天気な奴なのだ。


「…………ッ」


 慎重に、慎重に足を伸ばしていく。


「ねぇ、イオ」

「ッ⁉ 何にゃ?」


 気がつかれたのか思った。


「イオって、ポケモンって何が好き?」

「………えっとぉ……ピカチュウ?」


 違った。

 彼女の視線は上に向けられていた。

 ぼーっと空を見上げて、何も考えていない顔だ。


「あ~、普通だねぇ~……やっぱカワイイもんねぇ~……」

「なんだにゃ? 何か文句があるんかにゃ?」


 気づかれていない———イオはまた、リモコンに向けて足を伸ばし始めた。


「いやぁ~……いいと思うよ……私はねぇ~……最近推しが変わったんだぁ」

「押し?」

「推しって、意味知らないか……イオって外国人だもんねぇ~名前からして、推しって言うのは、大好きで大好きで応援したくなるほど大好きになっちゃった子。推薦とか推挙とか、そういう選ぶ的な意味の漢字の〝推〟って字を使うんだけど、書いた方がわかりやすいよね」


 近くにあった木の棒をユルギが拾った。


「————ッ⁉」


 今度こそ絶対に気づかれた————そう思った。


「えっとねぇ……あぁ……地面が固くて書けないや……」


 ガリガリとコンクリの地面に棒を這わせるが、コンクリートを削って文字を書けるわけがなく、逆にユルギの木の棒が削られていく。

 彼女の視線は完全に足元に向けられていた。

 少しずつ、イオの足がリモコンに向かって伸びていることに気づいたはずだ。

 これで気が付かなかったら鈍感なんてもんじゃ————、


「紙とペンぐらいあるよね! 取ってくる!」


 ————正気か⁉


 ユルギは立ち上がって、コンビニの中へ入っていった。


「——————ッ!」


 何にせよ———よし!

 足の裏でリモコンを蹴ると、イオの太腿の真下までスライドした。

 身を捻る。後ろ手に縛らているので拾いにくいが、何とか体を柔らかく活用し、リモコンを拾い上げた。


「えっとねぇ……」

「…………ヒュ~~~~♪、ヒュ、ヒュ~~~~~~~~~♪」


 ユルギが紙とペンを握って戻ってくる。

 誤魔化しの鼻歌を歌うイオ。

 ユルギは全くリモコンが無くなったことに気が付いた様子がなく、「推し」という文字が書かれたメモ書きをイオに見せつけて、「はい!」と嬉しそうに言ってくる。


「……にゃあ、女子高生」

「ユルギですけど?」

「そんなのどうでもいいからさ、飯食わせてくんない? もう三分だっただろ?」

「あ、あぁ! そうですね」


 ユルギはカップラーメンの蓋を開けて箸を突っ込み————麺を掬い上げる。


「このままだと熱いですね。フーッ、フーッ……」


 息を吹きかけて麺の熱を冷ましている———……。


 今だ————ッ!


 身をよじって関節を外し、縄の締め付けから逃れる。


「————馬鹿がよォ!」


 関節が外れて激痛が走ったが————縄抜けには成功した!

 壁に肩をぶつけて無理やり関節を戻し、ユルギに向かって襲いかか———、


「あ~ん……あ⁉」


 こちらに向かって箸を突き出して大口を開けている。

 イオはその大口が空いている口に指を突っ込んだ。


「本当にバカだにぇ、お前は! 私は〝殺し屋〟———フェニックス様だぞ⁉ こんな縄、やろうと思えばいつでも抜けられるに決まってるにぇ———!」


「……あがぁ」


 口に手を突っ込まれた状態で何かを喋ろうとした様子で、喉を震わせるユルギ。音は出るが———声にはならない。


「少し突っ込めば喉を引き裂くことができる———痛い死に方だが……自分の間抜けさを呪うんだにゃぁ!」

「あが?」


 キョトンとした目で見つめられる。


「……自分がこれから死ぬってわかってんにょか? まだ二十四時間経っていない。私の殺害予告は有効なんだよ。今、お前を殺したら目標が達成できる! 東京で暮らせる! アニメみたいなユートピアが待っている! 

 …………なのに何でお前はそんなに間抜けずらを晒しているんだ!」


「…………?」

「クソッ、クソッ……!」


 やりにくい。

 こんなに殺気も、恐怖も、怒りもない瞳の女を殺そうと思ったのは初めてだ。

 自分が見捨てられるとわかっていない捨て犬の瞳を見ているような気分にさせられ、


 ぐ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~……。


「……………」


 徐々に———徐々に———イオの顔が真っ赤に染まる。


 ————恥ずかしい。


 こんな緊迫した場面で、腹を鳴らしてしまった。


「……ニッ」


 案の定、ユルギの眼が笑っていた。


「おあ! あ~~~ん!」


 箸がグイっと突き出される。

 麺を持った箸を———、


「パクッ」


 勝てなかった。

 空腹に勝てずに、イオは麺を口にし、そのまま奪い取るようにユルギの手からカップラーメンを受け取り、犬のように貪り食う。


「お腹、すいてたんですね?」

「この島、店がないから、基本自給自足にゃ。一応物資は支給されるけど、申請しないと来ないし、一時間二時間はざらにかかる。だから運が悪かったらしばらく空腹ですごさなきゃいけないんにゃ……ごちそうさま!」

「はやっ……フフフッ」


 いや———「はやっ」じゃないんだよ。


 獅童ユルギ。この女は異常だ。

 彼女の口に手を突っ込んだ時、瞳に恐怖がなかった。

 イオが殺すわけがないと信じている瞳だった。

 どうしてそこまで信じられる? 少し話して、多少は打ち解けた。そこは認めよう。

 だが———イオ・フェニックスは〝殺し屋〟なんだぞ。


「獅童ユルギ……私が殺すとは微塵も思わなかったのにゃ?」

「え、そういうわけじゃないけど……そんなことよりも、イオお腹が減ってるでしょ?」

「お前———今自分が何を言ったかわかってんのか?」

「え?」


 まただ———このキョトンとした瞳。


「自分の命よりも、私の空腹を満たすことが最優先って言ったんだにゃ。それがどんなにおかしいことなのか、自分でわからなにょか?」

「う~ん、ユルギって結構おバカだから、そんなに難しいことは考えられないかな……タハハ」


 苦笑するが、一方でイオは苛立ちを募らせる。

 何故だかわからない———無性の怒りだ。

 拳が震える。


「さっき考えていたのは、イオの笑顔だけだよ。私イオのこと好きになっちゃったし」

「———ふざけんにゃ! 私はお前の命を狙っている刺客だぞ! 馬鹿にしてんのか!」


 立ち上がり、地団太を踏んだ。

 何でだ、何でこんなにイラつくんだ。


 ポチッ、


 電子音が足元から聞こえた。



「「あ」」



 首輪の爆弾のボタンだった。

 ボッ———という音ともに、イオの頭部が弾け飛んだ。

 ラビットの説明した通りの光景。人間の頭がただの血が詰まった水風船のように弾けて、周囲に飛散った。

そして、ゆっくりとイオの体は膝から崩れ落ちていく。


「いやああああ————————————————————————————‼」


 ユルギの絶叫が木霊する。

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