第15話 彼女の理想

 晴天の下。


 ズズ……ッ、

 ズズ……ッ。


 コンビニの前で火をおこし、カップラーメンを食べている二人。

 ラビットとユルギだ。

 ラビットはフォークを使って、食いにくそうに麺をすすっている一方で、ユルギは丁寧に箸を使って食べている。


「そのJK狩りって……島中の〝殺し屋〟たちが狙いに来るってことですか?」

「ああ」


 食事中、ラビットはユルギに現在の状況を説明する。

 管理人にメールを送ったところ、とんでもない通知で返されたこと。その後ルールがラットという殺し屋によって設定されたこと。


「……えぇ、ユルギ、メチャクチャ危険じゃないですか」

「そうだ」

「こんなことになるのなら、ラビットさん、ユルギのスマホ壊さない方が良かったんじゃないですか?」

「……すまない」


 しゅんとするラビット。

 可愛くて少しドキッとした。凄腕の殺し屋なのに、正論を言われて肩を落として落ち込んでいる。

 もしも名前の通り彼女が兎であったのなら、耳がシュンと折れていただろう。


「クスッ……そんなに落ち込まないでください。こんなことになるなんてラビットさんはわからなかったんですから。気にしてもしょうがないですよ」


 フフフと笑ってユルギは食事を続ける。


「…………そうか」


 ラビットも笑顔を浮かべ、麺をすすったが……、


「あの~、目の前で食べモノ食べるの辞めてくれますかぁ~……動けない人にとってはちょっとコレ……拷問なんですけどぉ~……」


 縛られているイオ・フェニックスだ。

 腕と胴体を縄で縛られ、歩けるように足だけは拘束していないが、逃げられない様に縄の先をコンビニの前に置いてある車両進行防止用のバーに括りつけている。

 イオの口からはよだれが垂れて、恨めし気な目を二人に向けていた。


「人を襲っておきながら何様のつもりだ。お前は捕虜だ。お前がウチを攻めてこなければ、こんな青空の下で食べることもなかったんだぞ」

「でもぉ~……ジュネーブ条約って捕虜は丁重に扱いましょうって条約があるじゃないですかぁ~……それに別にいいんじゃないですかぁ? 私負けたんですしぃ~、何もしませんからこの縄解いてくださいよぉ~」

「信用できるか。それにお前語尾どうした? さっきまで〝にゃ〟とか〝にぇ〟とか言っていたじゃないか」

「あ、やべ……解いてくださいにゃ~」

「あの語尾、キャラづけでつけてたんだ……そういえばイオ、聞き忘れてたんだけどどうしてユルギを襲ったの?」

「あん?」


 ズズズッと麺をすすりながら、世間話をするかのように尋ねるユルギ。

 ラビットも今かよ……と呆れてあごを落とす。


「そりゃ願いを叶えて欲しいのと、殺し屋しかいないこの島に一般人がいたら後々面倒なことになるからに決まってるだろ」

「でも、ラビットさんから話を聞いたら、この島は〝殺し屋〟にとって平穏が約束された楽園だって聞きましたよ。最終的に誰からも狙われない穏やかな生活を求めるのが〝殺し屋〟って生き物だってラビットさんが」

「はぁ? 本当にラビットが言ったのか? おい、ラビット。その女子高生に話した内容は本当にお前がいったのか? 心の底から思ってんのかにゃ?」

「別に」

「え⁉ ラビットさん嘘ついてたんですか⁉」

「嘘はついていない。一般論を言っただけだ。この島に来る直前に、友人から〝殺し屋〟は最終的にはそういう理想を追い求めると聞き、実際他のキラーバケーションの参加者にそういった目的でこの島に来た人間がいた。だから、普通はそうなんだと思っていただけだ」

「えぇ~……じゃあ、ラビットさんもイオも何か別の目的があって?」

「私はその友人に休暇を取るように勧められたから来ただけだ」

「イオは?」

「私は……日本に来たかったから……にゃ」

「はぁ?」


 恥ずかし気にもじもじと体を揺らすイオに、ラビットが不愉快そうな目を向ける。

 顔に「お前そんなキャラじゃねえだろ」と書かれている。


「キラーバケーションが〝日本の島でゆったりとした平穏な生活が待っています〟って概要欄に書かれていたんだにぇ。それで日本って島じゃん? だから、本州あっちでずっと働かずにのんびり暮らしていけると思ったんにゃ! 渋谷! 新宿! 秋葉原! 最先端の技術が結集した何でもある街で! そう思ったらこんなところだもん! 電気はろくに通ってない! アミューズメントパークどころか店すらない! ロクな娯楽がにゃいんだよ⁉ やってられるか!」

「電気やネットは管理人に言えばつなげてもらえるだろう」

「その程度なんにゃ! 街灯もないし、夜やってる店もない! ネットだって管理人が決められたサイトしか繋げられない! そんな生活つまんないに決まってるにゃ! だからその女子高生を殺して、日本の東京に私のキラーバケーション対象地を変更してもらうんだにゃ! それで都会の一等地で楽な暮らしを……へへへ……」


 妄想で頭がいっぱいになったのか、イオは笑いが止まらない様子だ。


「そんなうまい話があるわけないだろう……」

「うるせぇ~~~~!」

「イオ、東京ってそんなにいいところじゃないよ? 空気は汚いし、人は多いし、お金がかかって面倒くさいんだから」

「うるせ~~~~~、実際住んでるからそんなこと言えんだよ! 私にとっては都会は憧れなんだにゃ! 将来東京に住んで、子供を育ててアニメの親みたいな生活をするっていうのが私の夢なの~~~~! だからそのためにはあんたの命が欲しかったんだけど……負けちった。あ~……これからどうすっかにゃあ~……」


 コンクリートの床に体を倒す。


「庶民的だな。その不死身の体を元に戻すとか考えないのか?」

「うっせ。これはこれで私は好きなにょ! それに、元に戻ったところでどうしようもにゃいし」


 唇を尖らせ拗ねたような表情を浮かべるイオ。


「…………」


 どうしようもないと言うのは———寿命のことだろう。

 さらっと述べていたが、まだ高校生ぐらい、ユルギと同い年ぐらいの女の子なのに、超再生リバイブの代償として細胞自体の寿命が短く、あと十年も生きられない。

 イオ自身が暗い表情もしていないので、同情してはダメだと思い何も言わないが、それでもイオはイオで辛い境遇なのだと胸を痛めた。


「さて」


 ラビットが立ち上がる。

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