第12話 お名前何て―の?

「諦めろ、お前は負けた」


 何とか拘束から解放されようともがくフェニックス。


「お、終わったんですか……大丈夫ですか」


 ユルギが恐る恐る二人に近づいていく。


「ああ、終わった。敵は倒した」

「ホッ……でも、ラビットさん凄かったですね……弓と矢だけで銃を持つ敵に買っちゃうなんて……それに曲がる矢に、連射も……」

「ああ……師匠から教えられた弓術だ。中国の奥地で語り継がれている技術らしいが名前は知らない」

「そうなんですね……」


 今まで少なくとも日本では見たことのない弓術だった。

 矢が蛇のように曲がったり、機関銃レベルの高速の連射術も、狙った的に確実に当てる弓道とはかけ離れている技だった。


 超常の弓術使い———ラビット。


 現代の銃と互角に争えるだけの弓術を身に着けている彼女にはどんな過去があるのか。

 フェニックスに向けられている、透き通った、だが奥にどす黒い靄のようなものも感じる瞳を見つめる。


「ところで、話を聞かなくてもいいのか?」

「あ」


 ユルギの意識がようやくフェニックスに向けられる。

 彼女は何とか抜け出そうとまだもがき続けていた。


「あの……えっと、とりあえずお名前は?」

「はぁ⁉ そんなことはどうでもいいだろう」


 呆れるラビット。


「えぇ~……だって話を聞くならとりあえず相手のことを知っておかないと……それにこの人不死身なんでしょ? ならこれからもこの島で顔を会わせ続けるじゃないですか。もしかしたらお世話になるかもしれないですし、自己紹介は大切ですよ」

「何を呑気な……! また殺しに来るかもしれない相手に対してその認識は少しまずいぞ。呑気を通り越して能天気だ。ただの馬鹿だ」

「そ、そですか? でも寂しいじゃないですか。私この島に来て、誰の名前も聞いてないんですよ? 皆コードネームで」

「当然にゃ……」 


 根負けしたのか、全身の力を抜いたフェニックスが会話に割り込む。


「この島にいる人間は〝殺し屋〟しかいないんにゃ。頼まれて人を殺す便利な道具。そんな存在が個人を表す名前なんて持っててもしかたがにゃい。いつ死ぬかもわからないし、死んだところでいくらでも代わりはいる。

なら———今はただの不死鳥フェニックス。ただの記号で充分ってことにゃ」

「そんなの寂しすぎますよ。何かあるんでしょ? 教えてくださいよ! 生まれた時からフェニックスって名乗ってたわけじゃないんでしょ?」

「しつこい! そんなもん持ってても意味ないから捨てたって何度言わせんのにゃ!」


 フェニックスが語気を荒げ、ユルギを睨みつける。

 だが、ユルギは動じなかった。


「名前に意味がないわけがありません。その人を表す大事なものなんですから。名前が在るだけで、この世界に確かにあなたが至って証明になるんです。だって、いろんな人の想いが込められているんだから。お父さんとお母さんに名付けられた名前があるでしょう?」

「ないよ! ラビットの話聞いてなかったんか⁉ 私は人工進化メタモルフォーゼ計画の被検体! 親がいるような子供を使うわけないだろ! 孤児だ孤児! スラム街で食べ物を盗んで暮らしていた孤児だったんだよ私は! 赤ん坊のころから両親に捨てられた、哀れなクソガキ! 名前なんか付けられてるわけないだろ!」

「でも、こうして生きてるってことは、誰かからつけられたはずじゃないですか」


「しっつけぇぇぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~‼」


 フェニックスの叫びが島中にこだまし、木々にとまっていた鳥たちが驚いて飛び立った。


「……………………………………………………………………………………イオ」


 フェニックスは小さな声で言った。


「え?」

「イオだよ。スラム街のリーダーがつけてくれた名前」

「いい名前じゃないですか。確か……星の名前ですよね?」

「星好きの人でね。太陽系の衛星だったり、惑星だったりの名前を図鑑を見て片っ端からつけていってた。だから意味なんてないよ」

「でも、ここにいるイオはイオだけなんだから、意味はありますよ。イオって聞いたらもうあなたの顔が頭によぎりますもん」

「ハッ……そんなの意味でも何でもない……これだから平和ボケした日本人は嫌なんだ」


 つーかこいつ、ずっと呼び捨てだなぁ……そう思いながらイオ・フェニックスは空を見上げた。


 満天の星空を————。

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