第11話 第一の刺客ーフェニックス その3

「ゲホッ、全く……」


 ラビットは間一髪で退避していた。

 爆発の寸前で後ろに思いっきり飛び跳ね、爆発の範囲から辛うじて逃れたのだ。

 フェニックスがいた場所は轟々と炎が噴きあがっている。


「自爆鳥……」


 イオ・フェニックスの異名———自爆鳥。

 自らが巻き込まれるのを全くいとわずに爆弾や火炎を扱い、そのたびに彼女はまるこげになっている。

 ラビットは……その逸話は聞いていたが、ここまでとは思わなかった。

 流石に死んだだろうと思って首を振る。


「お……終わったの?」


 巻き込まれないように壊れかけの壁に隠れていたユルギがひょっこりと顔を出す。

 ラビットは安心した。先ほどの戦いの流れ弾がユルギには当たっていなかったからだ。

 格闘戦でフェニックスを後方に誘導し、ユルギから距離を離したのが功を奏した。


「あぁ、終わっ」



「って……にぇんだなぁ……これがぁ!」



「—————————ッ⁉」


 振り返る。

 業火の中、佇む人影がある。


 フェニックスだ。


 全身の皮膚が焼けただれ、頭の一部はは表面の肉が消し飛び、骨が見えている。

 なのに……彼女は立ち、動き、ラビットを見据えていた。



「私が〝何〟か、知ってるのかにぇ———?」



 皮のない筋肉だけの生き物。人間の皮膚は約四十パーセントが火傷状態になるだけで致命傷となりほとんどの人が死んでしまうらしい。

 フェニックスの皮膚は全てが燃えて消失していた。

 なのに———彼女はまだ生きている。


「私がぁ……〝何〟かぁ! 知ってんにょかぁ‼」


 通常であれば死んでいる。動くなんてことはとてもできないはずだ。

 フェニックスが———飛んだ。

 ただの足を使っての跳躍なのだが、火炎をまとって跳ぶその姿は、まさに羽を広げた———、


不死鳥フェニックス……!」


 燃えるその体でフェニックスはラビットの眼前に立ち、彼女の顔を殴り飛ばした。


「イエエエエエエエエエエエエエ~~~~~~~~~~~~~~~~~イッッ‼」


 皮膚が焼け落ち、まぶたすらない。

 眼球をギョロギョロと動かし、ラビットの体を捕え、殴打の連続を繰り出す。

 ラビットはフェニックスの攻撃を受けた個所が燃えていく。


「クッ……!」


 今度はラビットが後退する番だった。

 後ろにはね跳び、ユルギの元へ。彼女を背にし、弓を構え矢をつがえる。


「あの人……どうして生きてるの?」


 声を震わせ、ユルギが尋ねる。


「あの大爆発の中心にいて、全身が燃えているのに……どうして……」

「人間じゃあないからだ……」

「ひどいにぇ! 私は人間だよ。普通の人間とは少し違うけどにぇ」


 フェニックスの体表の、炎が付着していない個所から肌色が広がっていく。

 皮膚だ。

 高熱が無くなった個所から再生していっているのだ。


「————ッ!」


 人間の皮膚が高速で再生していく光景を見て、ユルギは息を飲んだ。


「気持ち悪いかい? そりゃそうだろうにぇ、見たことないだろうからにぇ。超再生リバイブの光景なんて」

超再生リバイブ……?」

「噂でしか聞いたことはなかったが……まさか実現していたとは……そして、フェニックスがそうだったとは……」


 ごくりとラビットの喉が鳴り、「まぁ、納得だが……」と口角だけは上げて余裕を見せる。


「ラビットさん、知ってるんですか?」


人工進化メタモルフォーゼ計画———ある国が宇宙開発のために人体構造そのものを作り替えて、宇宙空間の活動に耐えうる強靭で不偏な肉体を実現させようとした。宇宙空間でも生きていけるほどの生命力を持った虫———クマムシ。細胞に損傷が発生してもすぐに再生する微生物———プラナリア。そういったあらゆる生命力の強い生命体の遺伝子を人間に打ち込み、人工的に新人類を作り出そうとした。倫理的な観点からペーパープランで終わったと聞いたが———こうして本物が目の前にいると……」


「その通り! 私は被検体番号———001! 再生能力を持つありとあらゆる生命体の細胞を好みに宿し、どんな傷を受けても回復する超再生リバイブ能力を手に入れた! だからこそついた異名が———不死鳥フェニックスってわけよ!」


 まだ、フェニックスの体についた炎はくすぶっている。

 それでも、彼女の持つ超回復能力によって皮膚は完全に再生し、ラビットとユルギの前に全裸の姿を晒している。

 全裸の女性が目の前にいると言う状況だが、二人の顔は暗い。


「だったら———不死身ってことじゃないですか」

「その通り!」

「心配はない。強い力には必ずリスクが伴う。何らかの形で弱点はあるはずだ」

「あぁ~確かにあるにぇ。体の細胞が高速で再生・循環するから私の寿命は恐ろしく速い。あと十年は生きられないって……でもだからなんだにぇ? 今、ここで! あんたの目の前にいる私はどんな攻撃を受けても、死ぬことはない!」


 フェニックスが、腰を折った。


「ユルギ! 私の後ろに!」

「でも……!」

「いいから!」


 フェニックスの足元にはハンドガンが置かれていた。

 先ほどの大爆発でフェニックスの体から飛び散ったうちの一本だ。


 コルト・ガバメント————100年前からアメリカ軍で使われているクラシック銃。


 フェニックスはその銃口をラビットに向け、引き金を引いた。

 パンパンパンッ……! 

 一発、二発、三発と連続して弾丸が発射される。

 ラビットは————右足を強く踏み抜いた。

 彼女がいた場所は、崩壊した家。屋根と壁はもはやないに等しいが、床だけはまだ残っている。

 床の板が組木を支点にてこの原理で跳ね上がり、盾になる。

が———、


「その程度で弾丸が防げるものかよ!」


 木の盾はいともたやすく貫かれ、弾丸がラビットの肩に刺さる。


「グ———————ッ‼」


 だが、彼女は諦めず————矢羽根を噛み引きちぎった。

 そして、


「—————————ッ!」


 放つ——————————————!

 片方の矢羽根がちぎられ、いびつな形になっている矢を———放った。


何処どこに撃ってんのかにぇ!」


 矢は明後日の方向に跳んでいった。

 そのまま森の木に刺さり消えていく————そう思ってフェニックスが視線を逸らした時だった。



 ザスッッッ——————————!



「あだっっっ⁉⁉」


 フェニックスの右掌に、矢が刺さっていた。


「何でぇ⁉」


 ラビットは疑問に答えず、二射目、三射目を放っていく。

 木の盾はすでに重力に従って床に落ちている。

 フェニックスが油断した隙に次々と連続で矢を放ち、フェニックスの肩、両膝を射貫いていく。


 連射———。


 瞬く間の矢の連射がフェニックスの関節という関節を捕え、貫いていく。


「グッ……ゥ!」


 膝を折る。

 全身に力がこもらない。


 ザ—————!


 ついに銃を持つ右手の手首にも矢が刺さり、銃を握る力が緩む。


「ハァ———————————!」


 接近し、ラビットはコルト・ガバメントを蹴り飛ばす。

 放物線を描き、森の木の幹に跳ね返され、ポスッと地面に落ちた。


「所詮不死身だろうが……異物が刺さっていては再生できないだろう」


 フェニックスの肩を蹴り、地面に押し倒す。

 ラビットは関節に刺さっている矢を地面に向かって強く押し込んだ。


「イデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデッッッ‼

やめろにゃ! ラビットォ!」


「それに———不死身だろうが、動けなくなってしまっては脅威ではない」


 矢を矢羽根の手前までフェニックスの肉体にめり込ませ、貫通し矢の先は大地に深々と刺さっている。

 フェニックスは大地に貼り付けにされてしまった。


「クソッ! このッ! ラビットォ!」

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