第8話 ルール
鬼ヶ島の中心にある山の中腹で、一人の少年が立っていた。
白いスーツに金色の髪。ゆったりとした雰囲気をたたえた、穏やかそうな少年だった。
パチンと彼はガラケーを閉じ、眼下に広がる鬼ヶ島の光景を見つめ、にんまりと笑った。
「異物混入! 全くの想定外の、イレギュラーだったけど、これはこれでいい‼」
少年は両手を広げて天を仰ぐ。
「殺し屋たちの楽園。キラーバケーション! 平穏な日々にもちょっとしたスパイスは必要でしょう! さあ、みんなこぞって兎狩りだ! ビクビク震える兎をゆっくりとなぶり殺しにするのは……たぁ~のしいぞぉ~~~~~!
その報酬を手にするために、十二人の殺し屋さんたちぃ! が~んばってね~~~‼」
水平線に日は沈み、島は
少年は夕陽に顔を照らされながら、心底楽しそうな笑みを崩さない。これから始まるビッグイベントが楽しみで仕方がないと言う風に———。
〇
ユルギが打ち上げられた海岸にフェニックスはまだ倒れていた。
ザッザッと足音が響く。
「———誰だ?」
フェニックスがバッと起き上がり、銃を構える。
「お、お、お~~~! 焦らない焦らない。オレだよ。オ・レ」
手を広げておどけて見せる謎の人物。声からして女だが———、
「いや、暗くてわからん……」
現在は黄昏時。
街灯もない無人島の砂浜では相手の顔なんて見えはしない。
「……じゃあこれでわかる?」
そう言って彼女は————懐中電灯を首の下から灯した。
「ギャ————————————————————————————————‼」
いきなり現れた化け物のような顔に、フェニックスは悲鳴を上げてしまう。
懐中電灯の明かりで顔に迫力のある影ができたから、だけではなく———彼女はメイクをしていた。
赤い鼻に割けた唇、血涙のようなライン———ピエロのメイクを。
「ファハハハハハハハハッッ‼」
だが、身長や体つきはまだ成熟しきっていないようで、まだ中学生ぐらいにも見える少女だった。ピエロの彼女はフェニックスの反応が予想通りと腹を抱えて笑っている。
「……驚かせるんじゃないにゃ! ラット」
ピエロの少女とフェニックスは既知の仲だった。
フェニックスは胸を撫でおろして彼女に向き合う。
「はぁい。闇でうごめくネズミ道化の『ラット』ちゃんですよ~。そういうあなたはフェニックスさん。フェニックスさん、あなたと情報交換をしたくですね~」
「情報交換?」
フェニックスが眉をひそめる。
「情報料はちゃんと払いますから。こう見えてもこの島でラットちゃん情報屋のつもりなんで」
そう言って、ラットは懐から一万円札を取り出し一枚フェニックスに渡す。
「一万円の情報……私が持ってると思うにゃ? こちとら……」
「自爆鳥———『フェニックス』さん。爆弾や火炎を好んで使い、それに自らも巻き込まれてよく重傷を負っていますね。あなたがバカなことは知っています」
「人に言われると普通に腹立つにゃ」
パァン、とフェニックスの銃口から火が噴き、ラットの髪の毛をかすめる。
「ヒィ……! やめてくださいよぉ……ちょっと冗談言っただけじゃないっすかぁ……金はもう払ってるのに殺そうとしないでくださいよ~」
涙目になって頼み込むラット。
その姿にすっかり毒気を抜かれ、フェニックスは銃をしまった。
「で、一万円の情報って何のことにゃ? こんな金額にみあうほどの情報もっているつもりもにゃいけど」
ラットは指を一本だけ立てる。
「たった一つだけ……女子高生って見ました?」
「見た」
「その子、殺しました?」
「二つ目あるやん……まぁいいけど、殺してない。殺せなかった」
「その子はどこに?」
「そこまでは知らない。ラビットが助けてたから、多分ラビットが匿ってるんじゃにぇ? 知らんけど……」
「そうですか……それはいいことを」
ラットの口角が上がるが、口裂けメイクをしているので、黄昏時の薄暗さもあって、フェニックスはラットの表情の変化に気が付けなかった。呑気に指を倒して「質問三つだったなぁ……」と呟いている。
「あの女子高生が何か問題だったのかにゃ? 島のことが外部にバレるといけないと思って殺そうとはしたけど」
「殺そうとしたんですか⁉ あっぶな……メール見ました?」
「携帯、家に置いてる」
「携帯を携帯しないとは……まぁ、フェニックスさんがいいのならいいですけど。貴重な情報ありがとうございました。それじゃあ何か知りたいことがあったらネズミ道化のラットをお便りください。ほならば~」
と、手を振ったところ、その指に一万円札が挟まっていた。
「え……っとぉ?」
フェニックスが、即座にラットの指に挟まるように投げたのだ。
「早速情報を買おうかにぇ。情報屋さん」
ドヤ顔をしている。
「え、あの、ご依頼内容は?」
まさか速攻で払った一万円が帰って来るとは思わず、困惑するラット。
「あのJKに何があるのか。どうしてお前があのJKの情報を求めるのか。話してもらおうか!」
「えぇ……」
家に買って携帯を確認すればすぐにわかりますよ。
その言葉をぐっと押し殺し、ラットは獅童ユルギのことを教えた。
「それはいいことを聞いたにぇ……やっぱりあの女子高生は殺しておかなきゃいけない生き物ってことだにぇ……」
舌なめずりをするフェニックス。
「あぁ……じゃあ、さっそくフェニックスさんはJK狩りをするってことですね?」
「そうなるにぇ。あの兎も気に食わなかったし」
「そうですか……ですが、困りましたねぇ……オレもJK狩りをしようと思っていたんですが、つぶし合うとオレに分が悪い。それに、他の参加者と被って誰があのJKを殺したかわからなくなると不都合がでますね~、管理人のメールも具体的なルール設定はされていないし……そうだ!」
ラットが鼻を引っ張ると、赤鼻がポンッと取れ、弾ける。
取れた赤鼻は、どういう手品か紙に変化し、何かが書かれている。
「ルールを決めましょう!
ルール1、獅童ユルギを殺す権利を得るには、一斉送信で『殺し予告メール』を出さなければいけない。
ルール2、メール送信後、24時間以内に殺害できなければ獅童ユルギを殺す権利を永久に失う。
ルール3、『殺し予告メール』を他の参加者が出し、24時間まだ経っていない場合は自分は『殺し予告メール』を出すことはできない。
ルール4、『殺し予告メール』を出さずに獅童ユルギを殺した場合、キラーバケーションの参加資格を失う。
———これでどうです?」
ラットの出した紙には、JK狩りのルールが書かれていた。
「あんたが何でルールを設定するんにゃ……あんたも何の権限もないキラーバケーションの参加者だろ?」
「権利はないですよ。ですが、ルールを設定しました。確かに、何の強制力も実行力もオレにはありません。ですが、ルールを決め周知をさせることはできます。平気で破る人もいるでしょう、ですが、そのルールに利用価値を見出したり、共感を示し、守る人もいるでしょう。そうなると平気で破る人は反感を買います。不和のきっかけになります。いいんですか? この島にいるのは、〝殺し屋〟ばかりなんですよ? そんなうかつな動きをしても」
ラットは携帯を左右に振る。
その画面には『送信済み』と書かれている。
「一斉送信しました。みんなこのルールに目を通しはしていますよ。そんな中で傍若無人にルールを破ることもできますが、キラーバケーションの参加者はどう思いますかねぇ? 馬鹿だと思うんじゃないですか?」
「……それは、あんたに信用がある場合の話じゃにゃいのか?」
「おっと痛いところを、その通りですよ。どう思います? オレは信用に
おどけて踊り始めるラット。
「
「再び痛いところを」
「だから、あんたが勝手に決めたルールに従う李勇はにゃい」
フェニックスが再びラットに銃口を向ける。
ラットはおどけた表情のまま動じず、
「そですか。これでもです?」
携帯の画面を見せつける。
「………ッ!」
映っている画面を見た瞬間、フェニックスの表情が引きつった。
それは———ラットのメールに対する返信だった。
『面白いね。わたしはこのルール守るよ。ルールを守って楽しく
モンキー』
ラットはにやりとした笑顔を浮かべ、
「破るんですかぁ~、〝ボス猿様〟からお墨付きをもらったんですけど~」
フェニックスはギリリと歯を食いしばり銃口を下げる。
「……なるほどにゃ。負けたにゃラット。あんたの後ろ盾は下手に刺激したくにゃい。あいつはこの鬼ヶ島にいる、本物の鬼だからにゃ。
———おい、携帯をよこせ、ラット」
「へ? あ、はい」
フェニックスの発言の意図はよくわかっていないが、取り合えず携帯を放り投げるラット。フェニックスはその携帯を受け取ると、キーを叩き何やら操作をしていた。自分の携帯を操作される不快さにラットは多少眉をひそめたが、直ぐに操作が終わるとフェニックスは携帯を「ほれ」と言って投げ返す。
「おっとっと……さっそくですかね……」
フェニックスは一斉送信をしていた。ラットはすでに送信したメールを確認するとそこには案の上の文面が書かれていた。
『獅童ユルギ殺害予告メール。一番、フェニックス』
「んじゃあ、そういうことだから」
フェニックスは去っていく。
「JK狩り一番乗りは———自爆鳥のフェニックスさんですか……世界最凶の爆弾魔は果たして何も知らない迷いネコを殺すことができるのか⁉ 乞うご期待‼
……さて、ラビットはどう動くのかな? ねぇ、正義の殺し屋のう~さぎさん♪」
鼻歌を歌いながら、ラットも砂浜を後にする。
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